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03. Debug Logs
【公開論争】釈迦は無敗の論客をどう「沈黙」させたか〜「思い通りにならない自分」という真実〜
どんなに強固に見える主張であっても、それが真実に基づしていなければ、優れた知性による鋭い問いかけによって、いとも簡単に崩れ去ってしまいます。 初期の仏教教団に対しても、当時最強と謳われた論客であるサッチャカが、「公開論争」という形で容赦な... -
02. Kernel Source
第三十四章 法観の止 ― ハードウェアとOSの最終切り離しと巻上の完結
第一節 法観の止 ― 身体は「私」ではない 【原文】 法觀止者。一切人皆自身為身。諦校計非我身。何以故。有眼有色。眼亦非身色亦非身。何以故。人已死有眼無所見。 【書き下し】 法観の止とは、一切の人は皆自身を身と為す。諦かに校計すれば我... -
02. Kernel Source
第三十三章 善法の揮発性と内外の法 ― デフォルト・バグとネットワーク境界
第一節 起こる息と善法の揮発性 ― RAMに書かれた善はすぐに消える 【原文】 起息者。若布施作福一切善法。已起便滅。亦意念邪。向習罪行亦無數。古世今世意如是不相隨。他人亦爾。已知覺當斷已斷。内外意意觀止也。 【書き下し】 起こる息は、... -
02. Kernel Source
第三十一章 身心の痛痒と意相観 ― エラーの四分類から再帰的自己診断へ
第一節 身痛と身痒 ― ハードウェア・エラーの定義 【原文】 身心痛痒各自異。寒熱刀杖得痛極是為身痛。美飯載車好衣得身諸便是為身痒。 【書き下し】 身と心の痛痒は各自異なり。寒熱・刀杖の痛み極まるを得るは是れ身痛と為す。美飯・車に載り... -
02. Kernel Source
第三十章 痛痒観の止 ― エラーの抽象化・Read-Onlyモード・反復スキャン
第一節 痛痒観の止 ― エラーの抽象化による局所フリーズの解除 【原文】 痛痒觀止者。若人臂痛意不作痛。反念他一切身痛亦如是。以意不在痛為止痛。 【書き下し】 痛痒観の止とは、若し人の臂(ひじ)痛みて意(こころ)痛みと作さず、反りて他...
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