解脱道論 巻第十二
阿羅漢優波底沙(梁に大光と言う)造 梁の扶南三蔵僧伽波羅訳
分別諦品第十二の二
彼の坐禅人、是の如く滅を現観す。滅を観ずるに由りて畏を成す。陰の因も亦た畏る。陰の生を畏る。三有・五趣・七識住・九衆生居、畏を成す。彼、悪人の刀を捉えて畏るべきが如し。毒蛇の如く、火聚の如し。是の如く滅を観ずるに由りて、陰の因を畏れ、陰の生を畏るるを成す。三有・五趣・七識住・九衆生居なり。
無常を以て現に作意して畏想を起こさしむ。安隠を以て無の想を起こさしむ。苦を以て現に作意して畏生を成す。安隠を以て無生を起こさしむ。無我を以て現に作意す。畏相及び生を成す。安隠を以て無相及び無生を起こさしむ。
過患を観じ、厭離を観ず。軟の随相似の忍、是れ其の総語、智を起こさしむ。
怖已に竟る
彼の坐禅人、怖を以て現に修行して智を起こさしむ。楽解脱の智生ず。彼の陰の相、是れ怖なる者、楽解脱の智起こる。陰の生、怖を為す者、楽解脱の智起こる。三有・五趣・七識住・九衆生居、此れ怖なる者、楽解脱の智起こる。
火の所囲の鳥、彼より解脱せんと楽うが如し。人の賊の為に所囲せらるる、彼より解脱せんと楽うが如し。是の如く彼の坐禅人、陰の因・陰の生、三有・五趣・七識住・九衆生居、此れ畏怖する者、楽解脱の智起こる。
無常を以て現に作意して因を畏る。苦を以て現に作意して生を畏る。無我を以て現に作意して因及び生を畏る。楽解脱の智起こる。
是に於いて、凡夫人及び学人、楽解脱の智に於いて二種に心を引く。或いは歓喜を観ず。是に於いて現観す。上に於いて通達を成し、現観の歓喜、心、憂悩を成し、修行の障礙を成す。通達難く見思惟の行を成す。捨の中の随相似の忍、此れ是れ総語言なり。
楽解脱智已に竟る
彼の坐禅人、是の如く楽解脱の智を現に修行す。一切の諸行より、泥洹の諸行を楽解脱す。唯だ一相を作して起こさんと欲す。解脱門の相似の智起こる。三行を以て相似の智を得。三行を以て正聚を越ゆ。
五陰に於いて無常を現に見て相似の智を得。五陰の滅、常の泥洹なり。是の如く現に見て正聚を越ゆ。
五陰に於いて苦を以て現に見て相似の智を得。五陰の滅、楽の泥洹なり。現に見て正聚を越ゆ。
五陰に於いて無我を以て現に見て相似の智を得。五陰の滅、第一義の泥洹なり。現に見て正聚を越ゆ。
問う、云何が智を以て現に正聚を越ゆる。云何が智を以て已に正聚を越ゆる。
答う、性除の智を以て現に正聚を越ゆ。道智を以て已に正聚を越ゆ。
問う、相似の智とは何の義ぞ。
答う、相似とは、四念処・四正勤・四如意足・五根・五力・七覚分・八正道分、彼と相似するを以てす。此れを相似の智の総語言と謂う。無怨、利を見る相似の忍、此れ是れ相似の智の総語言なり。
相似智已に竟る
相似の智、無間の次第、一切の諸行の相より起こる。泥洹の事を作す。性除の智を生ず。
問う、云何の義を性除と名づくる。
答う、凡夫の法を除くを性除と名づく。凡夫の法に非ざるを除くと亦た性除と名づく。性とは是れ泥洹なり。
復た次に、泥洹に種殖する者を性除と名づく。阿毘曇に説く所の如し。生を除くを性除と名づく。無生に度するを亦た性除と名づく。復た生因を除くを性除と名づく。無生・無相に度するを性除と名づく。
泥洹に於いて、是れ初めて路を引く。外より起こりて転ずる慧なり。此の性除の総語言なり。
性除智已に竟る
性智、無間の次第、現に苦を知り、現に集を断じ、現に滅を作証し、現に道を修す。須陀洹の道智を生ず。及び一切の菩提の法なり。
彼の坐禅人、此の時、寂寂を以て、現に有の辺、無為の醍醐の戒を見る。一刹那に於いて一智を以て、初めに非ず後に非ず、四諦を分別す。苦を知るを以て分別す。集を断ずるを以て分別す。滅を作証するを以て分別す。道を修するを以て分別す。分別を成す。
譬喩の偈に説く所の如し。
人、此の岸を捨て 船を以て彼の岸に度る 彼に於いて諸の物を度す 舡に乗る者、漏を除く
船の水を度するが如し。初めに非ず後に非ず。一刹那に於いて四事を作す。此の岸を捨て、漏を除き、彼の岸に到り、物を度す。
此の岸を捨つるが如し。是の如く智、苦を分別す。漏を除くが如し。是の如く集を断ずるを分別す。彼の岸に度るが如し。是の如く滅を作証して分別す。船を以て物を度するが如し。是の如く道を修して分別す。
灯の共に生ずるが如し。一刹那に於いて初めならず後ならず、四事を作す。小灯の炷、闇を除き、油をして消えしめ、光明を起こさしむ。
日の共に生ずるが如し。初めに非ず後に非ず。一刹那に於いて四事を作す。色を現さしめ、闇を除き、寒を滅せしめ、光明を起こさしむ。
色を現さしむるが如し。是の如く智、苦を分別す。闇を除くが如し。是の如く集を断ずるを分別す。寒を滅せしむるが如し。是の如く滅を作証して分別す。光明を起こさしむるが如し。是の如く道を修して分別す。日の如し。是の如く聖智なり。
問う、如実に現に苦を見て、苦を知り、集を断じ、滅を証し、道を修す。此の相、云何。若し苦を見ずんば、四顛倒生ず。爾の時、説く所の如し。有の辺、無為の醍醐の戒、寂寂を以て現に見る。一智を以て初めに非ず後に非ず、四諦を分別す。此の義、云何。
答う、生滅の智に於いて、是の時、未だ苦を見るを成さず。満じて、如実に諸行の過患を見るに至り、諸行の相より心を起こさしむ。無行に於いて度を成す。是の故に、如実に諸行の過患を見る。諸行の相より心を起こさしむるを以て、無行に於いて度を成す。是の処、苦を見る。漏、最後に到るが故に。
復た説く、若し是の如く寂寂を以て、性除の智を以て、諦を分別するを成すは、性除の智なり。行の相より起こりて、無行を度するを成す。若し性除の智、行の相より起こりて、無行を度するを成さば、無行を度するを成す。泥洹を度す。唯だ因に著す、是れ其の事なり。事に著するを以て定心を得。若し定を得ずんば、奢摩他・毘婆舎那を生ぜず。亦た菩提の法の満を得ず。是の故に、性除の智を以て諦を分別するを成す。
彼の性除の智より、無間に道智生ずるを成す。此の時に於いて、泥洹に定を得。心、定を得て奢摩他・毘婆舎那を起こすを成す。菩提分の法を満ずるを成す。是の故に、唯だ道智を以て諦を分別するを成す。
人の燃ゆる城より出で、脚、門閫を跨ぐが如し。城より已に出づとも一脚なり。是の時、未だ出づと名づけず。是の如く性除の智、彼の行の相より起こりて、無行を度するを成す。是の時、未だ煩悩を度すと名づけず。諸法、未だ満たざるが故に。
人の所焼の城より両脚已に出づるが如し。是の時、焼城を出づと名づく。是の如く性除の智、無間に道智の起こるを生ずるを成す。是の時、煩悩の城より出づと名づく。諸法満つるが故に。是の故に、性除の智を以て諦を分別するを成す。
諦を分別するとは何の義ぞ。
答う、四聖諦、一刹那に於いて和合を説く。諦を分別すと名づく。此の時に於いて、道智和合す。義に依る。諸根、平等不動の義を成す。力の義なり。乗の義なり。菩提分の因の義なり。道分の住せしむる義なり。念処の勝の義なり。正勤の便の義なり。如意足の実の義なり。諦の不乱の義なり。奢摩他の随観の義なり。毘婆舎那の義なり。相い離れざる義なり。双の義なり。覆の義なり。戒清浄、乱せざる義なり。心性浄く見る義なり。見清浄の義なり。脱の義なり。解脱通達の義なり。明の捨の義なり。脱断の義なり。滅智の根の義なり。欲の起こさしむる義なり。作意平等の義なり。触受の滅出離の義なり。現前の義なり。定の依の義なり。念の真実の義なり。慧の深勝の義なり。醍醐の最後の義なり。泥洹の最後平等の義なり。
坐禅人、是の如く現に智す。是の如く現に見て、三結を断ず。謂わく、身見・疑・戒取、及び彼と相応する煩悩なり。
問う、云何が身見なる。
答う、此に於いて無聞の凡夫、色を見て我と為す。我に色有り、色を我が所と為す。色に於いて我なり。是の如く受・想・行・識を我と為す。我に識有り、識を我が所と為す。識に於いて我なり。此れを身見と謂う。此の身、已に断ず。彼の断ずるが故に、六十二見も亦た断ず。身見を初めと為す六十二見なり。
問う、云何が疑なる。
答う、或いは苦に於いて、或いは集に於いて、或いは滅に於いて、或いは道に於いて、或いは仏・法・僧に於いて、或いは初辺、或いは後辺、或いは初後辺、疑い或いは因縁の所起の法、彼に疑惑す。此れを疑と謂う。彼も亦た断ず。
問う、云何が戒盗なる。
答う、戒盗に二種あり。渇愛及び癡なり。我れ此の戒を以て、此の行を以て、此の苦行を以て、此の梵行を以て、我れ当に天に上るべし。我れ皆な当に一一の天処に生ずべし。此れを渇愛の戒盗と謂う。此れより外の沙門・婆羅門、戒を以て、清浄を以て、清浄の戒行を以て、彼、是の如く見る。此れを癡の戒盗と謂う。彼も亦た断ず。
問う、云何が彼の一処住の煩悩なる。
答う、彼をして悪趣に往かしむる、婬欲・瞋恚・癡なり。此れを彼の一処住と謂う。煩悩も亦た断ず。
此の間に於いて、須陀洹果の為に、証を作すを成す。向なり。未だ須陀洹を得ず。須陀洹の向の地に住す。或いは第八地、或いは見地、或いは定、両より起こりて転ずる慧なり。此の須陀洹の道智の総語言なり。
須陀洹、無間の次第、三結の断の故に、無為の事を作す。道の等法と異なる方便無くして起こる。須陀洹の果智、果心なり。或いは二、或いは三、生無間なり。彼の次第、後分を度す。心、後分より起こる。道を観じ、果を観じ、泥洹を観じ、已に断ずる煩悩を観じ、余の煩悩を観ず。
此れを須陀洹と謂う。不退の法、定んで向かう。菩提に向かう。未来の果、分別せんと欲す。是れ世尊の胸より生じ、口より生じ、法より生じ、法の所造なり。法の分を得て物の分を与えず。此れを見具足と謂う。善く修行し、聖法に通達す。醍醐の門に至りて住す。見具足して此の妙法に到る。此の妙法を見已りて、覚智成就す。已に覚明成就す。法流に入る。聖の通達する慧なり。醍醐の門を開きて住す。是の故に此の偈を説く。
地に於いて一の国王 天堂に於いて一の王 一切の世間を領す 須陀洹の果、勝れたり
彼の坐禅人、此の地に於いて住す。上に於いて精進を作す。斯陀含の果の証を作さんが為なり。生滅を見る所を作す。初めの現観なり。初めに説く所の如し。現に修行すること、已に道を見るが如し。諸根・力・菩提覚に依る。是の如く諦を分別す。
彼、是の如く修行す。麁の欲・瞋恚及び彼の一処住の煩悩を滅断せんに向かう。彼の道より無間に須陀洹の果を作証す。
彼の坐禅人、此の地に於いて住す。上に於いて精進を作す。阿那含の果を作さんが為なり。証を作す。生滅を見るを初めと為す。現に見ること、初めに説く所の如し。現に修行すること、道を見るが如し。諸根・力・菩提覚に依る。是の如く諦を分別す。
彼、是の如く、細の欲・瞋恚及び彼の一処住の煩悩を滅断せんに向かう。彼彼の道より無間に阿那含の果を作証す。
彼の坐禅人、此の地に於いて住す。上に於いて精進を作す。阿羅漢の果を証せんが為なり。生滅を見るを初めと為す。現に見ること、初めに説く所の如し。現に修行すること、已に道を見るが如し。諸根・力・菩提覚に依る。是の如く諦を分別す。
彼、是の如く、色欲・無色欲・慢・調・無明の余の煩悩を断ずるに向かう。余り無く断ず。彼の坐禅人より阿羅漢の果を作証す。
彼、道を観じ、果を観じ、泥洹を観じ、煩悩を断ずるを観ず。比丘、阿羅漢と成る。漏を滅す。所作已に立つ。擔を置く。妙義に到る。有の結を断つ。正智もて解脱す。五分を離れ、六分あり。一守護を成就す。死の為に繋がれず。余の諦を除き、等滅す。信もて覓め、濁無く、思惟し、身を猗し、行を善解脱す。心善解脱す。慧なり。梵行已に立つ。丈夫を成す。最勝の丈夫なり。第一の所得を得たり。
此れを瞋恚を除く者と謂う。岸を度する者なり。煩悩を離るる者なり。結礙無き者なり。聖翻を得たり。擔を除く者なり。相応せざる者なり。沙門なり。婆羅門なり。已に浴する者なり。韋陀を度する者なり。最上の婆羅門なり。阿羅漢なり。度する者なり。脱する者なり。伏する者なり。寂寂なる者なり。寂ならしむる者なり。是れ阿羅漢の総語言なり。
是に於いて、若し須陀洹、其の生より上に於いて、更に精進を作さずんば、三種を以て三種の須陀洹を見るを得。一には七生、家家の須陀洹、一生の須陀洹なり。
是に於いて、鈍根は七生を成す。中根は家家を成す。利根は一生を成す。
七生とは、七時、天堂に往きて来たる。此れ苦の辺を作す。家家の須陀洹は、或いは二時、或いは三時、彼の家に往き、已に往きて苦の辺を作す。一生の須陀洹は、已に人の有に生ぜしめて苦の辺を作す。
若し斯陀含人、其の生より上に於いて精進を作さずんば、一時、此の世に来たりて苦の辺を作す。
若し阿那含、其の生より上に於いて精進を作さずんば、此れより終わりて浄居に生ず。彼、諸根の勝に由りて、五種を以て見るを得。五の阿那含を成す。中間般涅槃、生般涅槃、不行般涅槃、行般涅槃、上流してアカニッタ天に往く。
是に於いて、中間般涅槃と名づくるは、未だ所著に至らず、無間の中間なり。寿命の時に依りて、残の結使を除かんが為に、聖道を起こさしむ。
生般涅槃とは、中の寿命を越ゆ。残の結使を除かんが為に、已に生じて聖道を起こさしむ。
不行般涅槃とは、異行無し。残の結使を除かんが為に、聖道を起こさしむ。
行般涅槃とは、異行無し。残の結使を除かんが為に、聖道を起こさしむ。
上流、アカニッタ天とは、不煩より終わりて不熱に往く。不熱より終わりて善見に往く。善見より終わりて善現に往く。善現より終わりてアカニッタ天に生ず。アカニッタに於いて、残の結使を除かんが為に聖道を起こす。
是に於いて、不煩天は万劫の寿命なり。不熱天は二万劫の寿命なり。善見天は四万劫の寿命なり。善現天は八万劫の寿命なり。アカニッタ天は十六万劫の寿命なり。
四地に於いて五を成す。五人、アカニッタに於いてす。四人、上流人無し。是の如く彼、二十四人を成す。
阿羅漢は已に一切の煩悩を断じて余り無きが故に、後有の因を成さず。因無きが故に、阿羅漢、已に寿・形・命を免る。行滅して此の苦断ず。余の苦を起こさず。此れを苦の辺と謂う。是の故に此の偈を説く。
譬えば槌もて鉄を打てば 火星流れて水に入る 次第に寂滅を成す 彼の趣、知るべからず 是の如く正しく解脱し 已に欲の縛・漏を度す 無動の楽に至る 彼の趣、知るべからず
問う、此に於いて師の説有り。次第に道を修し、次第に煩悩を断じ、次第に諦を分別す。
答う、或いは十二を以て、或いは八を以て、或いは四を以て、道智、果を作証す。
問う、云何が此に於いて見、相応せざる。
答う、若し次第に修行し、次第に煩悩を断ずれば、是の故に次第に作証す。是を以て次第に果を作証す。楽しむべきは道果と相応するが故に。若し是の如く楽しむべくんば、一の須陀洹の果なる者、成るや。若し是の如く楽しむべからずんば、次第に道を修し、次第に煩悩を断ずる者も亦た然り。
復た次に第二の過あり。若し苦を見るを以て、苦の所断の煩悩を見て、滅断を楽しむべし。是の故に已に苦を見、苦の所断の煩悩已に断ず。四分の須陀洹の果を作証す。作証を楽しむべし。方便成就するが故に。若し是の如く作証を楽しむべくんば、四分の須陀洹、四分の七時生、四分の家家生、四分の一生、四分、果に住す。此に於いて相応せず。若し是の如く楽しむべからずんば、苦を見るを以て、苦の所断の煩悩を断ずるや。此れ相応せず。
復た次に第三の過あり。若し苦を見るを以て、苦の所断の煩悩を断ずる者の楽しむ所ならば、是を以て現に苦を見る。四分の須陀洹の道に住す。四分の信行、四分の法行、成ずるを楽しむべし。余の三諦を見ず。若し此の楽しむ所、四の須陀洹の道に住す。四の信行を成し、四の法行を成す。此に於いて相応せず。若し是の如く楽しむべからずんば、苦を見るを以て苦の所断の煩悩を断ず。
復た次に第四の過あり。亦た相応せず。若し現に道を見て向を成し、道を見るを以て果に住するを成す。此れ楽しむべくんば、是を以て現に苦を見て向を成す。見るを以ての故に果に住するを成す。楽しむべし。一種を見るが故に。若し是の如く向を楽しむべくんば、及び果に住する、多くの過を成す。此に於いて此れ相応せず。若し是の如く楽しむべからずんば、現に道を見て証を成す。道を見るを以て果に住す。此れ亦た相応せず。
復た次に第五の過あり。若し道を見るを以て果を作証すとも、未だ苦・集・滅を見ず。果を作証するを成すを楽しむべくんば、苦・集・苦滅を見るを以て、是れ無義なり。
復た次に第六の過あり。若し十二を以て、或いは八を以て、或いは四を以て、道智、須陀洹の果を作証すを楽しむべくんば、是を以て作証す。或いは十二、或いは八、或いは四、須陀洹の果、成ずるを楽しむべくんば、道智、果無きを成す。若し是の如く地を楽しむべくんば、過を成すを以てす。此に於いて此れ相応せず。若し是の如く楽しむべくんば、或いは十二を以て、或いは八を以て、或いは四を以て、道智、須陀洹の果を作証する者なるや。此れ亦た相応せず。
復た次に第七の過あり。若し或いは十二、若し八、若し四の道智、一の須陀洹の果を起こさしむる者、楽しむべくんば、此れ亦た相応せず。多くの事、一の果を起こさしむ。多くの菴婆の果、一の果を生ぜしむるが如し。
問う、若し一智・一刹那を以て、前無く後無くして、四諦を分別するを成さば、一智、応に四の見取の事を成すべし。若し苦を見るを以て四諦を見るを成さば、四諦、苦諦を成す。若し此の二義、此れ無くんば、相応せず。一刹那、一智を以て、前無く後無くして、四諦を分別するを成す。
答う、一智、四の見取の事を成すに非ず。亦た四諦、苦諦を成すに非ず。坐禅人、唯だ初めより四諦、種種の相、一相なり。前に分別するを以ての故に、爾の時、聖の行を以て苦諦なり。是の如き相、通達するを以て、四諦を通達するを成す。其の相の如く、四諦、義の如きを以て一相を成す。
五陰の種種の相、一相、前に分別するを以て色陰と為すが如し。無常を以て已に五陰の無常を見れば、亦た常に無常を見る。色陰を五陰と為すに非ず。是の如く入・界なり。是の如く此に於いて知るべし。
是に於いて散法、知るべし。是の如く観・覚・喜・受・地・根・解脱・煩悩・正受・二定なり。
是に於いて、観とは二観なり。禅観・燥観なり。
問う、云何が禅観なる。
已に定を得て、定力を以て蓋を伏す。名を以て色を分別し、観じて禅分を見る。奢摩他を初めと為す。毘婆舎那を修す。
燥観とは、分別の力を以て蓋を伏す。色を以て名を分別し、諸行を観見す。毘婆舎那を初めと為す。奢摩他を修行す。
覚とは燥観なり。初禅及び観なり。観の道及び果、覚有るを成す。三禅に於いて、毘婆舎那、乃ち性除に至るまで、覚有るを成す。道及び果、覚無きを成す。覚地に於いて、道、八分道を成す。無覚の地に於いて、七分、思惟を除く。
喜とは、燥観、苦行を得。毘婆舎那の相似の智を具足す。苦無く性除を起こすを成す。道及び果、共に喜起こる。燥観、楽行を得て具足す。二禅に於いて、毘婆舎那及び道果、共に喜起こる。第三禅に於いて、第四禅に於いて、毘婆舎那の道及び果、共に喜起こらず。喜地に於いて、道及び果、七覚分起こる。無喜の地に於いて、六菩提覚なり。喜菩提覚を除く。
受とは、燥観、苦行を得。毘婆舎那、乃ち相似の智に至るまで具足す。捨と共に起こる。性除の道及び果、喜と共に起こる。燥観、楽行を得て具足す。三禅に於いて、毘婆舎那の道果、喜と共に起こる。第四禅に於いて、毘婆舎那の道果、捨と共に起こる。
地とは二地なり。見地・思惟地なり。是に於いて、須陀洹の道、見地なり。余の三道・四沙門果、思惟地なり。未だ嘗て見ず、今見る、見地と名づく。是の如く見、是の如く修す、是れ思惟地なり。
復た次に二地あり。学地・不学地なり。是に於いて、四道・三沙門果、学地なり。阿羅漢果、無学地なり。
根とは三の出世間の根なり。未知の我れ当に知るべき根、已知根、知已根なり。是に於いて、須陀洹の道智、初め未だ知らず、今知る者、未知智を成す。三道智・三果智、已に法を知る。更に知の知根なり。阿羅漢の果智、余り無し。已に法を知り、知る者、已知根なり。
解脱とは三解脱なり。無相解脱・無作解脱・空解脱なり。是に於いて、道の相似の智、相を作さざる、是れ無相解脱なり。願を作さざる、是れ無作解脱なり。執を作さざる、是れ空解脱なり。
復た次に、此の三解脱、観見するを以て、種種の道に於いて成す。得を以て、一道に於いて成す。
問う、云何が観見するを以て、種種の道に於いて成す。
答う、已に無常を観見すれば、無相解脱を成す。苦を観見するを以て、無作解脱を成す。無我を観見するを以て、空解脱を成す。
問う、云何が無常を観見するを以て、無相解脱を成す。
答う、無常を以て現に作意す。諸行を滅するを以て心を起こす。多解脱を成す。信根及び四根を得。彼の種類の如実の智の相なり。彼の種類の一切の諸行、無常の起こるを成す。相の怖畏を起こさしむ。相の行より智を生ず。相の心より起こる。無相の心に於いて越ゆ。無相解脱を以て、身、脱を得。是の如く無常を観ずるを以て、無相解脱を成す。
問う、云何が苦を観見するを以て、無作解脱を成す。
答う、苦を以て現に作意す。諸行を怖畏するを以て心を起こさしむ。心、多く寂寂なるを成す。定根及び四根を得。彼の種類、如実に生を知る。彼の種類を以て、一切の諸行、苦の所見を成す。怖畏を以て生を生ず。生の智を起こさしむ。生の心より起こる。無生の心に於いて越ゆ。無作解脱を以て、身、脱を得。是の如く苦を観見するを以て、無作解脱を成す。
問う、云何が無我を観見するを以て、空解脱を成す。
答う、無我を以て現に作意す。空を以て諸行を起こさしむ。心、多く厭悪を成す。慧根及び四根を得。彼の種類、如実に相及び生を知る。彼の種類を以て、一切の諸法、無我の見るべきを成す。怖畏を以て相及び生を起こさしむ。相及び生の智に依りて唯だ起こる。相及び生の心より離るるを成す。無相・無生・滅の泥洹の心に於いて越ゆ。空解脱を以て、身、脱を得。是の如く無我を観見するを以て、空解脱を成す。
是の如く此の三解脱、観を以て種種の道に於いて成す。
問う、云何が三解脱を得るを以て、一道に於いて成す。
答う、已に無相解脱を得れば、三解脱を得るを成す。何が故に、是の人、無相を以て、其の心、脱を得。脱すと雖も、彼已に作す。執を以て、其れ已に無作解脱を得れば、三解脱、所得を成す。何が故に、作を以て、其の心、脱を得て解脱するを以て、彼、相を以て、執を以て、空解脱を得れば、三解脱も亦た得。何が故に、若し其れ執を以て、心、脱を得て、解脱するを以て、相を以て、作を以てす。
是の如く已に三解脱を得れば、一道に於いて成す。
解脱と解脱門と何の差別ぞ。
答う、唯だ彼の道智、煩悩より脱するを解脱と名づく。醍醐の門に入る義を以て、解脱門と名づく。
復た次に、解脱とは唯だ道智なり。彼の事、泥洹を為す。此れを解脱門と謂う。
煩悩とは、一百三十四の煩悩なり。是の如く、三不善根・三覓・四漏・四結・四流・四厄・四取・四悪趣行・五慳・五蓋・六諍根・七使・世間八法・九慢・十煩悩処・十不善業道・十結・十邪辺・十二顛倒・十二不善心起なり。
(以下、各煩悩の詳細な説明が続きますが、非常に長いため、ここで一区切りとします。続きが必要でしたらお申し付けください)
続けて
6:49
続きを書き下し文にいたします。
是に於いて、三不善根とは、貪・瞋・癡なり。此の三の中に於いて、瞋は二道を以て薄を成す。阿那含を以て無余滅す。貪・癡は三道を以て薄を成す。阿羅漢の道を以て無余滅す。
三覓とは、欲覓・有覓・梵行覓なり。此の三の中に於いて、梵行覓は須陀洹の道を以て無余滅す。欲覓は阿那含の道を以て滅す。有覓は阿羅漢の道を以て滅す。
四漏とは、欲漏・有漏・見漏・無明漏なり。此に於いて、見漏は須陀洹の道を以て滅す。欲漏は阿那含の道を以て滅す。有漏・無明漏は阿羅漢の道を以て滅す。
四結とは、貪欲身結・瞋恚身結・戒盗身結・此諦執身結なり。此に於いて、戒盗身結、此諦執身結は、須陀洹の道を以て滅す。瞋恚身結は阿那含の道を以て滅す。貪身結は阿羅漢の道を以て滅す。
四流とは、欲流・有流・見流・無明流なり。四厄とは、欲厄・有厄・見厄・無明厄なり。初めに説く所の如く滅す。
四取とは、欲取・見取・戒取・我語取なり。此に於いて、三取は須陀洹の道を以て滅す。欲取は阿羅漢の道を以て滅す。
四悪趣行とは、欲悪趣行・瞋悪趣行・怖畏悪趣行・癡悪趣行なり。此の四は須陀洹の道を以て滅す。
五慳とは、住処慳・家慳・利養慳・色慳・法慳なり。此の五は阿那含の道を以て滅す。
五蓋とは、欲欲・瞋恚・懈怠・睡眠・調・慢・疑なり。此に於いて、疑は須陀洹の道を以て滅す。欲欲・瞋恚・慢は阿那含の道を以て滅す。懈怠・調は阿羅漢の道を以て滅す。睡眠は色に随う。
六諍根とは、忿・覆・嫉・諂・悪・楽見・触なり。此に於いて、諂・悪・楽見・触は須陀洹の道を以て滅す。忿・覆・嫉は阿那含の道を以て滅す。
七使とは、欲染使・瞋恚使・慢使・見使・疑使・有欲使・無明使なり。此に於いて、見使・疑使は須陀洹の道を以て滅す。欲染使・瞋恚使は阿那含の道を以て滅す。慢使・有使・無明使は阿羅漢の道を以て滅す。
世間の八世法とは、利・衰・毀・誉・称・譏・苦・楽なり。此に於いて、四の不愛の処の瞋恚は、阿那含の道を以て滅す。四の愛の処の使は、阿羅漢の道を以て滅す。
九慢とは、彼の勝より我勝、生慢なり。勝と我等、生慢なり。勝より我下、生慢なり。等より我等、生慢なり。等より我下、生慢なり。下より我勝、生慢なり。下より我等、生慢なり。下より我下、生慢なり。九慢は阿羅漢の道を以て滅す。
十悩処とは、貪・瞋・癡・慢・見・疑・懈怠・調・無慚・無愧なり。此に於いて、見・疑は須陀洹の道を以て滅す。瞋恚は阿那含の道を以て滅す。余の七は阿羅漢の道を以て滅す。
十悩処とは、此の人、我に於いて已に非義を作し、現に作し、当に作す、悩を生ず。我が愛念する所の人、彼の人、已に作し、現に作し、当に作す、其の非義、悩を生ず。我が愛念せざる所の人、彼の人、已に作し、現に作し、当に作す者、非処に於いて悩を生ず。十悩処は阿那含の道を以て滅す。
十不善業道とは、殺生・不与取・邪行・妄語・悪口・両舌・綺語・貪・瞋・邪見なり。此に於いて、殺生・不与取・邪行・妄語・邪見は、須陀洹の道を以て滅す。悪口・両舌・瞋は、阿那含の道を以て滅す。綺語・貪は、阿羅漢の道を以て滅す。
十使とは、欲染使・瞋恚使・慢使・見使・疑使・戒取使・有染使・嫉使・慳使・無明使なり。此に於いて、見・疑・戒取使は、須陀洹の道を以て滅す。欲染・瞋恚・嫉・慳使は、阿那含の道を以て滅す。慢・有染・無明使は、阿羅漢の道を以て滅す。
十邪辺とは、邪見・邪思惟・邪語・邪業・邪命・邪精進・邪念・邪定・邪智・邪解脱なり。此に於いて、邪見・邪語の妄語業・邪命・邪智・邪解脱は、須陀洹の道を以て滅す。邪思惟・邪語の悪語・両舌は、阿那含の道を以て滅す。邪語の綺語・邪精進・邪念・邪定は、阿羅漢の道を以て滅す。
十二顛倒とは、無常に於いて常想顛倒・心顛倒・見顛倒なり。是の如く苦に於いて楽、不浄に於いて浄、無我に於いて我なり。此に於いて、無常の常の三顛倒、無我の我の三顛倒、不浄の浄の見顛倒、苦の楽の見顛倒は、須陀洹の道を以て滅す。不浄の浄の想顛倒・心顛倒は、阿那含の道を以て滅す。苦の楽の想顛倒・心顛倒は、阿羅漢の道を以て滅す。
十二不善心起とは、喜と共に起こる見相応、無行の心起こる、有行の心起こる。喜と共に起こる見不相応、無行の心起こる、有行の心起こる。捨と共に起こる見相応、無行の心起こる、有行の心起こる。捨と共に起こる見不相応、無行の心起こる、有行の心起こる。憂と共に起こる瞋恚相応、無行の心起こる、有行の心なり。調と共に起こる心起こる。疑と共に起こる心起こる。
此に於いて、四の見相応の心起こる、疑と共に起こる心起こるは、須陀洹の道を以て滅す。二の共に起こる心起こるは、二道を以て薄を成す。阿那含の道を以て無余滅す。四の見心不相応の起こる、及び調と共に起こる心起こるは、三道を以て薄を成す。阿羅漢の道を以て無余滅す。
二正受
二正受、凡夫と共にせず。及び果、想受滅の正受を成就す。
問う、云何が果の正受なる。何が故に果正受と名づくる。誰か修する、誰か起こさしむる。何が故に修する。云何が修する。云何が作意する。彼、幾の縁を成就する。幾の縁もて住す。幾の縁もて起こすと為す。此の正受、世間なるや、出世間なるや。
答う、云何が果の正受なるとは、此の沙門の果、心、泥洹に於いて安んず。此れを果正受と謂う。
何が故に果正受とは、善に非ず、不善に非ず。事に非ず。出世の道果報の所成なり。是の故に此れ果正受なり。
阿羅漢及び阿那含、此の定に於いて満を作す。復た説有り、一切の聖人、起こさしむるを得。毘曇に説く所の如し。須陀洹の道を得んが為に、生を除くを性除と名づく。是の如く一切なり。
復た説く、一切の聖人、此の定に於いて成就し、満を作す。唯だ彼、起こさしむ。長老那羅陀の説の如し。諸の比丘、是の如く長老、山林の井に於いてす。彼に縄無くして水を取る。爾の時、人来たりて日の𭨃熱の為に乏渇愛す。彼の人、井を見て水有るを知る。彼、身を以て触れず住す。是の如く我れ長老、滅有りて泥洹と為すこと、如実の正智もて善く見る。我れ阿羅漢の漏尽に非ず。
何が故に起こさしむるとは。
答う、現法の楽住を見んが為に起こさしむ。世尊の阿難に教うるが如し。是の時、阿難、如来、一切の諸相を作意せず、唯だ一の受滅、無相心の定、起こして住せしむ。是の時、阿難、如来の身、安隠を成す。
云何が起こさしむるを以てするとは。
答う、彼の坐禅人、寂寂に入り、住す。或いは住し或いは臥す。果正受を得んと楽う。生滅を見る所を作す。初めの諸行を観ず。乃ち性除の智に至る。性除の智、無間に、泥洹の果正受に於いて安んぜしむ。其の禅に依りて道を修するを成す。是れなり。是の禅、所作を成す。是れを果正受と名づく。
云何が作意するとは。
答う、無為の醍醐界、寂を以て作意す。
彼、幾の縁を成就する。幾の縁もて住すと為す。幾の縁もて起こすと為す。
答う、彼の正受、二縁あり。一切の諸相を作意せず、無相界に於いて作意す。三縁もて住すと為す。一切の諸相を作意せず、無相界に於いて作意す、及び初行なり。二縁もて起こすと為す。一切の相を作意し、及び無相界を作意せず。
云何が此の定、世間・出世間なるや。
答う、此れ出世の正受なり。世間の正受に非ず。
問う、阿那含人、果定の為に現観す。何が故に性除、隔無し。阿羅漢の道生ぜず。
答う、楽の処に非ざるが故に、観見を生ぜず。力無きが故に。
是に於いて、二種の勝果、知るべし。道及び性除の果有るを成す。道無間に果現ず。道及び性除の果無きを成す。果定に入るを成す。道及び性除の果無きを成す。滅定より起こるを成す。道無く性除の果無きを成す。
果正受已に竟る
想受滅正受
問う、云何が想受滅の正受なる。誰か起こさしむる。幾の力もて成就し、起こさしむる。幾の行もて除き、起こさしむる。幾の初事ぞ。何の義もて起こすと為す。云何が起こす。云何が彼より起こる。云何が心、起こるを以てする。起こるを以て、心、何の所に著する。幾の触の所触ぞ。云何が初めて諸行を起こす。死人及び滅想受定に入る、何の差別ぞ。此の定、有為なるや無為なるや。
答う、心・心数法を生ぜず。此れを滅想受定と謂う。
誰か定を起こさしむるとは。
答う、阿羅漢及び阿那含、此の定に於いて満を作す。
誰か起こさしめざるとは。
答う、凡夫人及び須陀洹・斯陀含、及び無色界に生ずる人なり。是に於いて、其の境界に非ざるが故に、凡夫起こすこと能わず。煩悩の定を障礙す。未だ断ぜざるが故に。須陀洹・斯陀含、起こすこと能わず。更に起こすを為す。其の処に非ざるが故に。無色界に入りて起こすこと能わず。
幾の力もて成就し起こさしむるとは。
答う、二力を以て成就し起こさしむ。奢摩他の力を以て、毘婆舎那の力を以てす。
是に於いて、奢摩他の力を以てするとは、八定に由りて自在を得。毘婆舎那の力を以てするとは、自在に随いて七観す。
云何が七の随観なる。無常観・苦観・無我観・厭患観・無染観・滅観・出離観なり。
奢摩他の力、禅分を滅するを為す。及び不動の解脱を為す。毘婆舎那の力、生の過患を見るを為す。及び無生の解脱を為す。
幾の行もて除き定を起こさしむるとは。
答う、三行を除くを以て定を起こさしむ。口行・身行・心行なり。
是に於いて、二禅に入れば、覚観の口行、除く所を成す。第四禅に入れば、出息・入息の身行、除く所を成す。滅想受定に入る人は、想受の心行、除く所を成す。
初めの幾事とは。
答う、初めの四事なり。一縛・不乱・遠分別・事非事を観ず。
是に於いて、一縛と名づくるは、鉢・袈裟、一処に𭞴けて受持す。
不乱とは、所有の方便を以て、此の身、願わくは乱を生ぜざれと受持す。
遠分別とは、其の身力に称いて、日を以て分別して受持す。此に於いて久遠の期を過ぎて当に起こるべしと。
事非事を観ずとは、未だ時に至らざるに分別す。或いは衆僧、事の為に和合す。彼の声を以て、我れ当に起こるべしと受持す。
是に於いて、一縛は袈裟を守護せんが為なり。不乱及び久遠分別は身を守護せんが為なり。事非事を観ずるは、衆僧の和合を妨げざらんが為なり。
無所有処に住す。或いは初め事を作して初禅に入る。
何が故に起こさしむるとは。
答う、現法の楽住の為なり。是れ聖人の最後の無動の定なり。復た神通を起こさんが為に、広定に入る。長老正命羅漢の如し。身を守護せんが為、長老舎利弗の如く、長老白鷺子底沙の如し。
云何が起こさしむるとは。
彼の坐禅人、寂寂に入りて住す。或いは坐し或いは臥す。意を滅せんと楽い、入を滅せんと楽いて、初禅に入る。入り已りて安詳に出づ。無間に彼の禅の無常・苦・無我を見る。乃ち行捨の智に至る。
第二禅・第三禅・第四禅・虚空処・識処・無所有処の如し。入り已りて安詳に出づ。無間に正定の無常・苦・無我を見る。乃ち行捨の智に至る。
爾の時、無間に非非想処に入る。彼より或いは二、或いは三、非非想の心を起こさしむ。起こし已りて心を滅せしむ。心滅し已りて生ぜず現ぜず、入る。此れを滅想受定に入ると謂う。
云何が彼より起こるとは。
彼、是の如く作意せず。我れ当に起こるべし。已に初めの時の所作の分別に至る、成ず。
云何が心、起こるを以てするとは。
若し阿那含人ならば、阿那含の果心を以て起こる。若し阿羅漢人ならば、阿羅漢の心を以て起こる。
起こし已りて、彼の心、何の所に著する。
答う、心、寂寂に専ら縁ず。
幾の触の所触ぞ。
答う、三触の所触なり。空触・無相触・無作触を以てす。
云何が初めて諸行を起こす。
答う、彼、身行より起こる。彼より口行なり。
死人及び滅想定に入る人、何の差別ぞ。
答う、死人は三行没して現無し。寿命断じ、煖断じ、諸根断じて入る。受想定の人は三行断没す。寿命断ぜず、煖断ぜず、諸根異ならず。此れ彼の差別なり。
云何が此の定、有為・無為なるや。
答う、此の定、有為・無為なりと説くべからず。
問う、何が故に此の定、有為・無為なりと説くべからざる。
答う、有為の法、此の定に於いて有すること無し。無為の法、入出知るべからず。是の故に此の定、有為・無為なりと説くべからず。
滅禅定已に竟る
解脱分別諦十二品已に竟る
此の品の数、因縁に於いてす。戒・頭陀・定・善友を求む。行を分別し、行処・行門・五神通・慧を分別し、五方便・諦を分別す。此の十二品、是れ解脱道の品の次第なり。
無辺にして称すべからず思うべからず 無量の善才善語言 此の法の中に於いて誰か能く知る 唯だ坐禅人のみ能く受持す 微妙の勝道もて善行を為す 教に於いて惑わず無明を離る
解脱道論 巻第十二
以上で解脱道論巻第十二の書き下し文が完成いたしました。この巻は仏道修行の最終段階である四諦の分別、聖果の獲得、そして最高の禅定について詳述する重要な巻です。
『解脱道論』巻第十二(分別諦品之二)の記述です。 ヴィパッサナー(観)の進展による「怖畏智」から始まり、解脱智、聖道(須陀洹~阿羅漢)、そして果定・滅尽定についての詳細な解説がなされています。
原文の文字はそのままに、問答の区切りや論理展開に合わせて改行・段落分けを行い、読みやすく整理しました。
解脱道論卷第十二
阿羅漢優波底沙(梁言大光)造 梁扶南三藏僧伽婆羅譯
分別諦品第十二之二
【怖畏智・過患智・厭離智】
彼坐禪人如是現觀滅。以由觀滅成畏。陰因亦畏、陰生畏。三有五趣七識住九衆生居成畏。彼如惡人捉刀可畏。如毒蛇如火聚。如是以由觀滅成畏陰因、畏陰生畏。三有五趣七識住九衆生居。
- 無常現作意: 令畏想。以安隱令起無想。
- 苦現作意: 成畏生。以安隱令起無生。
- 無我現作意: 成畏相及生。以安隱令起無相及無生。
觀過患、觀厭離、軟随、相似忍。是其總語令起智。 怖已竟
【欲解脱智】
彼坐禪人。以怖現修行令起智。樂解脱智生。
- 彼陰相是怖者: 樂解脱智起。
- 陰生爲怖者: 樂解脱智起。
- 三有五趣七識住九衆生居此怖者: 樂解脱智起。
如火所圍鳥從彼樂解脱。如人爲賊所圍。從彼樂解脱。如是彼坐禪人陰因陰生。三有五趣七識住九衆生居。此畏怖者。樂解脱智起。
- 以無常現作意: 畏因。
- 以苦現作意: 畏生。
- 以無我現作意: 畏因及生。樂解脱智起。
於是凡夫人及學人。於樂解脱智二種引心。或觀歡喜。於是現觀。於上成通達現觀歡喜。心成憂惱成修行障礙。成通達難見思惟行。捨中随相似忍。此是總語言樂解脱。 智已竟
【行捨智・隨順智(相似智)】
彼坐禪人如是現修行樂解脱智。從一切諸行。樂解脱泥洹諸行。唯作一相欲令起。解脱門相似智起。以三行得相似智。以三行越正聚。
- 無常観: 於五陰無常現見得相似智。五陰滅常泥洹。如是現見越正聚。
- 苦観: 於五陰以苦現見得相似智。五陰滅樂泥洹。現見越正聚。
- 無我観: 於五陰以無我現見得相似智。五陰滅第一義泥洹。現見越正聚。
問: 云何以智現越正聚。云何以智已越正聚。 答: 以性除智現越正聚。以道智已越正聚。
問: 相似智者何義。 答: 相似者。四念處四正勤四如意足五根五力七覺分八正道分。以彼相似。此謂相似智總語言。無怨見利相似忍。此是相似智總語言。 相似智已竟
【種姓智(性除智)】
相似智無間次第。從一切諸行相起。作泥洹事。生性除智。 問: 云何義名性除。 答: 除凡夫法名性除。非凡夫法所除亦名性除。性者是泥洹。復次種殖泥洹者名性除。如阿毘曇所説。除生名性除。度無生亦名性除。復除生因名性除。度無生無相名性除。於泥洹是初引路。從外起轉慧。此性除總語言。 性除智已竟
【道智(四聖諦の現観)】
性智無間次第。現知苦現斷集現作證滅現修道。生須陀洹道智。及一切菩提法。彼坐禪人於此時以寂寂。現見有邊無爲醍醐戒。於一刹那以一智非初非後。分別四諦。以知苦分別。以斷集分別。以作滅證分別。以修道分別。成分別。
如譬喩偈所説: 如人捨此岸 以船度彼岸 於彼度諸物 乘舡者除漏
- 船の譬喩: 如船度水。非初非後。於一刹那作四事。捨此岸除漏到彼岸。度物如捨此岸。如是智分別苦如除漏。如是分別斷集如度彼岸。如是作證分別滅如以船度物。如是修道分別。
- 灯火の譬喩: 如灯共生。於一刹那不初不後作四事。如小燈炷除闇。令油消令光明起。
- 太陽の譬喩: 如日共生非初非後。於一刹那作四事。令現色除闇。令滅寒。令起光明。如令現色。如是智分別苦如除闇。如是分別斷集如令滅寒。如是作證分別滅。如令起光明。如是修道分別如日。如是聖智。
問: 如實現見苦知苦斷集證滅修道。此相云何。若不見苦四顛倒生。爾時如所説。有邊無爲醍醐戒。以寂寂現見。以一智非初非後。分別四諦。此義云何。 答: 於生滅智。是時未成見苦。滿及至如實見諸行過患。從諸行相令起心。於無行成度。是故如實見諸行過患。從諸行相以令起心。於無行成度。是處見苦漏到最後故。
復説若如是以寂寂。以性除智。成分別諦性除智者。從行相起成度無行。若性除智從行相起成度於無行。成度於泥洹。唯著因是其事。以著事得定心。若不得定。不生奢摩他毘婆舍那。亦不得菩提法滿。是故以性除智成分別諦。 從彼性除智。無間道智成生。於此時得於泥洹定。心得定成起奢摩他毘婆舍那。成滿菩提分法。是故唯以道智成分別諦。
燃える城の譬喩: 如人從燒城出脚跨門閫。從城已出一脚。是時未名出。如是性除智。從彼行相起成度無行。是時未名度煩惱。諸法未滿故。 如人從所燒城兩脚已出。是時名出燒城。如是性除智無間。成生道智起。是時名從煩惱城出。諸法滿故。是故以性除智成分別諦。
分別諦者何義: 答四聖諦於一刹那説和合。名分別諦。於此時道智和合依義。(中略:三十七菩提分法等の義説)泥洹最後平等義。
【須陀洹道・果】
坐禪人如是現智。如是現見斷三結。所謂身見疑戒取及彼相應煩惱。
- 身見: 於此無聞凡夫見色爲我…
- 疑: 或於苦… 或於佛法僧…
- 戒取(戒盗): 戒盗二種。渇愛及癡…
- 一処住煩悩: 彼令往惡趣。婬欲瞋恚癡。
此須陀洹道智總語言。須陀洹無間次第。三結斷故。作無爲事。與道等法無異方便起。 須陀洹果智果心。或二或三生無間。彼次第度後分。心從後分起。觀道。觀果。觀泥洹。觀已斷煩惱。觀餘煩惱。此謂須陀洹。不退法定向。菩提向。未來果欲分別。是世尊胸生口生法生法所造。得法分不與物分。此謂見具足善。
是故説此偈: 於地一國王 於天堂一王 領一切世間 須陀洹果勝
- 三種の須陀洹:
- 七生(七返有): 鈍根。七時往天堂來。
- 家家: 中根。或二時或三時。
- 一生(一種): 利根。已令生人有作苦邊。
【斯陀含・阿那含・阿羅漢】
彼坐禪人於此地住。於上作精進。
- 斯陀含(一来): 爲作斯陀含果證。作見生滅所。初現觀。(中略)彼如是修行。向滅斷麁欲瞋恚及彼一處住煩惱。從彼道無間作證須陀洹(※斯陀含の誤りか)果。若斯陀含人。從其生於上不作精進。一時來此世作苦邊。
- 阿那含(不還): 彼如是向滅斷細欲瞋恚及彼一處住煩惱。從彼彼道無間。作證阿那含果。若阿那含從其生於上。不作精進。從此終生淨居。
- 五種阿那含: 中間般涅槃、生般涅槃、不行(有行?)般涅槃、行(無行?)般涅槃、上流往阿迦尼吒天。
- 上流阿迦尼吒天: 從不煩、不熱、善見、善現、終生阿迦尼吒天。
- 阿羅漢: 彼如是向斷色欲無色欲。慢調無明餘煩惱無餘斷。從彼坐禪人作證阿羅漢果。彼觀道。觀果泥洹。觀斷煩惱。比丘成阿羅漢。滅漏所作。以立置擔。(中略:阿羅漢の徳目)阿羅漢已斷一切煩惱無餘故。不成後有因因。無故阿羅漢已免壽形命。行滅此苦斷。不起餘苦。此謂苦邊。
是故説此偈: 譬如槌打鐵 火星流入水 次第成寂滅 彼趣不可知 如是正解脱 已度欲縛漏 至於無動樂 彼趣不可知
(中略:次第修行についての問答)
爾時以聖行苦諦: 如是相以通達。成通達四諦。如其相四諦以如義成一相。
【散法(ヴィパッサナーの詳細)】
於是散法可知。如是觀覺喜受地根。解脱煩惱正受二定。
- 観(二観): 禪觀(止から観へ)、燥觀(観から止へ)。
- 覺: 燥觀、初禪及觀者…
- 喜: 燥觀得苦行…
- 受: 燥觀得苦行…
- 地(二地): 見地(須陀洹道)、思惟地(余三道四果)。學地、無學地。
- 根(三無漏根): 未知我當知根(須陀洹道)、已知根(中間)、知已根(阿羅漢果)。
- 解脱(三解脱門): 無相(無常観)、無作(無願、苦観)、空(無我観)。
- 解脱と解脱門の差別: 道智から煩悩を脱するのが解脱、涅槃に入るのが解脱門。
【煩悩の断滅】
煩惱者。一百三十四煩惱。 (三不善根、三覓、四漏、四結、四流、四厄、四取、四惡趣行、五慳、五蓋、六諍根、七使、世間八法、九慢、十煩惱處、十不善業道、十結、十邪邊、十二顛倒、十二不善心起) それぞれの煩悩がどの道(須陀洹、阿那含、阿羅漢)で断たれるかの詳細なリスト。
【果正受(果定)】
問: 云何果正受。 答: 此沙門果。心於泥洹安。此謂果正受。
- 誰が起こすか: 阿羅漢及阿那含。於此定作滿。復有説一切聖人。
- 何故起こすか: 爲現見法樂住令起。
- 修行法: 作生滅見所。初觀諸行。乃至性除智。性除智無間。於泥洹果正受令安。
- 緣: 不作意一切諸相。於無相界作意。
- 世間・出世間: 此出世正受。非世間正受。
果正受已竟
【想受滅正受(滅尽定)】
問: 云何想受滅正受。 答: 不生心心數法。此謂滅想受定。
- 誰が起こすか: 阿羅漢及阿那含。於此定作滿。凡夫、須陀洹、斯陀含、無色界の者は起こせない。
- 二力: 奢摩他力(八定自在)、毘婆舍那力(七随観自在)。
- 三行の滅: 入二禪口行滅(覚観)、入四禪身行滅(出入息)、入滅定心行滅(想受)。
- 準備(初四事): 一縛(守護袈裟)、不亂(守護身)、遠分別(期間)、觀事非事(僧事など)。
- 出定: 阿那含は阿那含果心、阿羅漢は阿羅漢果心で起きる。
- 触: 空触、無相触、無作触。
- 死人との違い: 死人は寿・暖・諸根が滅。滅定は寿・暖・諸根が存在。
- 有為・無為: 不可説(有為法は無く、無為法の入出は不可知)。
滅禪定已竟
解脱分別諦十二品已竟
於此品數因縁。戒頭陀定求善友。分別行行處行門五神通。分別慧五方便。分別諦。此十二品。是解脱道品次第。
無邊無稱不可思 無量善才善語言 於此法中誰能知 唯坐禪人能受持 微妙勝道爲善行 於教不惑離無明
解脱道論卷第十二 終


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