解脱道論 巻第二ー書き下し

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解脱道論 巻第二

阿羅漢優波底沙(梁に大光と言う)造 梁の扶南三蔵僧伽婆羅訳

頭陀品第三

問う、爾の時、浄戒の坐禅人、心、勝善の功徳を成就せんと欲し、又た頭陀の功徳を得んと欲せんが為に、当に是の如く成就すべし。何が故に此の頭陀の功徳を受くる。

答う、坐禅人の性、一種ならざるを為す。少欲に於いてするを為す。知足に於いてするを為す。無疑に於いてするを為す。愛を滅するに於いてするを為す。勇猛精進を増長せんと欲するを為す。自ら少しく営みて外施を受けざるを為す。安住に於いてするを為す。著する所を断じて戒善を守護するを為す。是の諸定の衆具なり。是れ初の聖種なり。是れ勝功徳の観なり。

何者をか頭陀と為す。十三法有り。二法は衣に相応す。謂わく糞掃衣及び三衣なり。五法は乞食に相応す。謂わく乞食・次第乞食・一坐食・節量食・時後不食なり。五法は坐臥に相応す。一には無事処坐、二には樹下坐、三には露地坐、四には塚間坐、五には遇得処坐なり。一つは勇猛に相応す。一種有り。謂わく常坐不臥なり。

云何が糞掃衣なる。答う、性、能く受持す、是れを性と謂うと為す。余も亦た是の如し。

云何が糞掃衣を受くる。居士の施を断ず。

云何が三衣を受くる。謂わく長衣を断ず。

云何が乞食なる。謂わく他の請を断ず。

云何が次第乞食なる。謂わく超越の乞を断ず。

云何が一坐食なる。謂わく再坐せず。

云何が節量食なる。貪恣を断ず。

云何が時後不食なる。謂わく後の望を断ず。

云何が無事処坐なる。聚落に住するを断ず。

云何が樹下坐なる。屋舎の住を断ず。

云何が露地坐なる。衆覆の処を断ず。

云何が塚間坐なる。余の勝処を断ず。

云何が遇得坐なる。貪楽の処を断ず。

云何が常坐不臥なる。謂わく寝寐を離る。

何が故に糞掃衣を受くる。居士の衣に求乞等の過有るを見る。復た納衣を受持する功徳を見る。我れ是の如く見て、居士の施を断ずるが故に納衣を受く。

云何が納衣を受くる功徳なる。居士の衣に似て受持して闕くること無し。他に由らざるを得て、失うとも亦た憂えず。心に貪染無く、盗賊取らず。用に足り、常に用少なく、経営する所少なし。善人の習う所、是の行、疑い無し。勝善と相応し、現法楽住す。人をして欣慕せしめ、正受を得しむ。是れ納衣の功徳なり。仏の称歎する所なり。

問う、納衣に幾つか有る。何人か受持する。何の因りて失う。

答う、納衣に二種有り。一には無主の守護、二には世人の棄つる所なり。或いは塚間に於いて、或いは糞掃に於いて、或いは市肆に於いて、或いは道路に於いて、拾い剪いて浣い染め、掩い緝い裁縫して成就し受持す。此れを無主と謂う。或いは剪鑿の余、牛鼠の嚙む所、或いは火の焼く所、或いは人の擲つ所、尸を覆う衣を施し、及び外道の服なり。此れを世人の棄つる所と謂う。

云何が糞掃衣を受くる。若し比丘、居士の施を断ず。是れを糞掃衣を受くと謂う。

云何が失う。若し比丘、居士の施を受くれば、此れを納衣を失うと謂う。

云何が三衣を受くる。長衣有りて応に浄施・守護・受著すべきを為す。是れ等の過を知る。三衣の功徳を見る。我れ今日より長衣を棄捨するが故に三衣を受く。

云何が三衣を受くる功徳なる。善人の行う所、遊長を畜うるを離る。営造少なし。身を約して知足す。鳥の空を飛びて顧戀する所無きが如し。善人の習う所、是の法、疑い無し。

問う、云何が三衣と名づくる。云何が受と為す。云何が失と為す。

答う、謂わく僧伽梨・欝多羅僧・安陀会なり。此れを三衣と謂う。

云何が三衣を受くる。若し比丘、盈長を畜えず。是れ三衣を受く。若し四衣を受くれば、是れを失と名づくと為す。

云何が乞食を受くる。若し他の請を受くれば則ち自業を妨ぐ。人を悦ばすを為さず。非法の比丘と膝を接して共坐せず。是の過患を知る。復た乞食の功徳を見る。我れ今日より他の請を受くるを断じ、乞食の法を受く。

云何が乞食の功徳なる。心の願う所に依りて進止自由なり。供饍を希わず。懈怠を消除す。憍慢を断滅す。滋味を貪らず。衆生を饒益す。常に四方に於いて心に限礙無し。善人の行う所、是の業、疑い無し。

問う、請に幾種か有る。云何が受と為す。云何が失と為す。

答う、請に三種有り。一には似食の請、二には就請、三には過請なり。此の三種の請を除きて乞食を受く。若し三請を受くれば、是れ乞食を失う。

云何が次第乞食を受くる。若し次第の処に於いて多くの美味を得とも、則ち重ねて往かず。若し其れ重ねて往かば、則ち常食を受く。若し疑いの処有らば、亦た応に遠離すべし。是の過患を知る。復た次第の功徳を見る。我れ今日より非次の乞を捨てて次第の乞を受く。

云何が次第乞の功徳なる。平等の心を以て一切を饒益す。憎嫉の悪を除き、遊狎の過を断ず。喚召を喜ばず、多語を楽わず。人の宅舎を遠ざかる。疾行を離る。月の希に現れて人の瞻仰する所の如し。善人の行う所、是の業、疑い無し。

問う、云何が次第乞と名づくる。云何が受と為す。云何が失と為す。

答う、若し比丘、始めて乞食を行じて聚落に入る。最後の家より初次と為す。此れを次第行乞と謂う。

云何が失と為す。謂わく隣比を超越す。是れを失と名づくと為す。

云何が一坐食を受くる。謂わく二坐の処に於いて数々坐し、数々食を受け、数々鉢を洗う。此れと相違するを一坐食と名づく。善人の行う所、是の業、疑い無し。是の如き過を知り、一坐食の功徳を見る。是の故に応に受くべし。我れ今日より二坐食を捨てて一坐食す。

云何が一坐食の功徳なる。多からず少なからず、貪らず浄施せず。諸の病悩無く、起居妨げ無し。自事安楽なり。善人の行う所、是の業、疑い無し。

問う、云何が一坐食を受くる。云何が辺と為す。云何が失と為す。

答う、辺に三種有り。謂わく坐辺・水辺・食辺なり。

云何が坐辺なる。食し已りて猶お坐す。水を受けて鉢を洗い、更に食するを得ず。此れを水辺と謂う。

云何が食辺なる。若し揣食に於いて最後の想を生ず。若し呑めば更に食せず。此れを食辺と謂う。若し二坐を経れば則ち一食を失う。水薬等を除く。諸仏の歎ずる所なり。此れを食辺と謂う。

云何が節量食を受くる。若し飡飲に度無く、身に睡重を増し、常に貪楽を生じ、腹の為に厭くこと無し。是の過を知り已る。節量の功徳を見る。我れ今日より貪恣せざるを断じて節量食を受く。

云何が節食の功徳なる。食する所を籌量して腹に恣にせず。多く食すれば羸を増す。知りて楽わず。貪を除き病を滅し、諸の懈怠を断ず。善人の行う所、是の業、疑い無し。

問う、云何が節量食を受くる。云何が失と為す。

答う、若し飯食を受くれば、応に自ら思惟すべし。須むる所の多少、常准と為す。長食を取らず。善く籌量を知りて期度無きを断ず。節量食と謂う。若し是の如くならずんば、此れ則ち失と為す。

云何が時後不食を受くる。望想を断じて長食を離る。是の過患を知る。時後不食の功徳を見る。我れ今日より長食を断じて、時後不食を受く。

云何が時後不食の功徳なる。貪楽する所を断じて其の身を節護す。宿食を離れ、営求する所を息む。他に告ぐること無く、心欲に随わず。善人の行う所、是の業、疑い無し。

問う、時後に幾種か有る。云何が受と為す。云何が失と為す。

答う、時後に二種有り。謂わく不節の辺と受持の辺となり。

云何が不節の辺なる。若し長食を受くれば、別請の罪を得て更に食すべからず。

云何が受持の辺なる。已に二十一揣の食を食す。当に更に受くべからず。時後不食は則ち長を断ず。若し長食を受くれば時後不食を失う。

云何が無事処を受くる。国中の喧雑、識もて五塵に触れ、心に染楽を生ず。若し閙処に住すれば、去来紛動す。是の過患を知る。復た無事処の功徳を見る。我れ今日より国中の住を断じて無事処を受く。

云何が無事処の功徳なる。国中の喧雑を離れ、識もて五塵に触れ、心に染楽を生ず。若し閙処に住すれば、去来紛動す。十種の語の功徳、最も勝れて愛すべきを見る。天人歓喜す。俗に狎るるを楽わず、寂を得るを楽う。寂楽、声少なし。心に従いて禅坐す。善人の行う所、是の業、疑い無し。

問う、云何が最後の無事処なる。云何が受と為す。云何が失と為す。

答う、国城を離れ、郊外に栖処す。辺遠を避く。中人の四肘五百弓の内を取る。是れ最後の無事処なり。国中の住を除く。此れを無事処と謂う。若し国中に住せば則ち無事処を失う。

云何が樹下坐を受くる。覆処を捨て、積畜せず。修治を貪り受けて求索す。是れを過と為すを知る。樹下の功徳を見る。我れ今日より覆処を断じて樹下住を受く。

云何が樹下の功徳なる。依楽愛すべし。世俗に交わらず。作務を離るるを楽う。天と止を同じくす。住処の嫉を断じ、及び愛著を離る。善人の行う所、是の業、疑い無し。

問う、何の樹か住すべき。何の樹か離るべき。云何が受くる。云何が能く失う。

答う、日中の時、樹影の至る処、及び風無き時、葉の墮つる処、是れ住すべき所なり。危朽の樹・空腐の樹・鬼神の樹を除く。諸の覆処を離る、是れ樹下を受く。若し覆処に往けば則ち樹下を失う。

云何が露地住を受くる。覆処を楽わず、及び樹下に在りて物を蔵畜する処なり。是の過患を知る。露住の功徳を見る。我れ今日より楽わざる処を断じて露地住を受く。

云何が露住の功徳なる。楽わざる処に往くこと莫し。懈怠睡眠を断ず。猶お野鹿の意に随いて行き、追慕する所無きが如し。善人の行う所、是の業、疑い無し。

云何が受と為す。云何が失と為す。覆処及び樹下に在るを断ず。是れ露住を受く。若し覆処及び樹下に在りて住せば、則ち露住を失う。

云何が塚間住を受くる。若し余処に於いて少しく放逸を行ぜば、畏悪を起こさず。是の過患を知る。塚間の功徳を見る。我れ今日より余処を断じて塚間住を受く。

云何が塚間の功徳を受くる。死の時の念を得。不浄の相を得。非人の敬重を得。放逸を起こさず。欲染を伏す。厭患する所多し。畏るべきを懼れず。身の空寂を観ず。常想を計するを断ず。善人の行う所、是の業、疑い無し。

問う、云何が塚間の功徳を受くる。何に於いてか住すべき。何に於いてか行くべき。何をか受く、何をか失う。

答う、若し恒に人有りて常に哭泣多く、恒に煙火有らば、若し初めて是の如き塚間に住せんと欲せば、当に先ず観察すべし。余の静処有らば、便ち往きて住すべし。若し比丘、塚間に止まらば、当に房を作すべからず、及び床座を安ずべからず。風に従いて坐すべからず、風に逆らいて住すべからず。臥する時熟すべからず。魚味を食すること無かれ。乳酪を飲むこと無かれ。麻粹を食すること無かれ。肴肉に触るること無かれ。屋中に住すること無かれ。鉢器を安ずること無かれ。若し人已に去らば、坐具を捉持し及び余の衣物、塚間に往到す。当に其の住処に、物を擲つが如く遠くすべし。明相現ずる時、諸の衣具を摂して僧伽藍に還る。余処の住を除く。是れを塚間と謂う。若し余処に住すれば則ち失と名づくと為す。

云何が遇得処住を受くる。人の貪る所を楽わず。他を悩まして避けしめず。是の過患を知る。遇得処の功徳を見る。我れ今日より住処を貪るを断じて遇得処を受く。

云何が遇得処の功徳なる。知足の処を覓む。寂静を貪る。多く愛楽するを断ず。人の敬重する所なり。慈悲に住す。一向に斂攝す。善人の行う所、是の業、疑い無し。

云何が受と為す。云何が失と為す。止まる所を貪るを断ず。是れを依遇と謂う。若し楽しむ処に往けば則ち失と名づくと為す。

云何が常坐不臥を受くる。住する所の処に於いて睡眠懈怠す。是の過患を知る。常坐の功徳を見る。我れ今日より惛臥を断じて常坐不臥を受く。

云何が常坐の功徳なる。怠処を生ずるを断ず。身の嫉を為すを除く。染触の楽を離る。纒睡少なし。常に寂静多し。禅勝を修するに堪う。善人の行う所、是の業、疑い無し。

云何が受と為す。云何が失と為す。謂わく睡臥を断ず。若し寝ぬれば失と名づく。

云何が糞掃衣を離る。居士の施の衣、芻麻・古貝・憍奢耶・欽婆羅等に於いて、方便を以て受くとも納衣を失わず。

云何が三衣なる。若し長衣を畜え、已に十日を過ぐ。月望の衣有り。功徳の衣有り。又た長衣有り。臥具を護り、敷具・覆瘡の衣・手巾・雨浴の衣の為に、受持せず、浄施せず。若し方便を以てすとも三衣を失わず。

云何が乞食の方便なる。若し僧次の食及び常住の食、行籌の食・十五日の食・布薩の食・衆食・寺食、方便を以て受くとも乞食を失わず。若し此の過を見ば亦た応に捨離すべし。

云何が次第乞食の方便なる。象馬等を見て、当に門にして鬪う。羞ずべき鄙しむべき処なり。諸の是の如き等、若し見ば宜しく避くべし。又た旃陀羅の覆鉢を見る。学家、和上・闍梨・客行の比丘に随う。諸の是の如き等、方便して越ゆとも、次第を失わず。

云何が一坐食の方便なる。若し正しく食する時、象・馬・牛・蛇・雨・和上・闍梨・客比丘の来たるを見る。方便して起つ。起ち已りて更に食す。一坐を失わず。若し節量食及び時後食は方便無し。

云何が無事処の方便なる。或いは受戒・懺罪の為、法を問い、布薩・自恣・自病・看疾・経の疑処を問う。是の如き等の縁、方便して聚落に住す。無事処を失わず。

云何が樹下の方便なる。若し雨の時に遇わば、宜しく覆処に入るべし。明相既に現ぜば還りて失わず。樹下・露住・塚間・遇得、此れ等の方便も、亦た復た是の如し。余の住処の住すべきと常坐不臥とは方便無し。

復た一説有り。若し鼻に灌ぐ時、方便を作すを得。常坐を失わず。

此の十三の頭陀を以て、更に八法を成す。毘曇の中に説くが如き八頭陀なり。是の時後不食、節量・一坐を摂す。其の受持する所、一種類を成す。是の無事処、樹下・露坐・塚間を摂す。

何が故に無事処に於いて、若し房舎を営造し、作務を為すを楽い、多く聚蓄する所、住処を愛著す。心の楽う所に非ず。是の如き意を作す。樹下・塚間・露地に於いて浄く住す。是の故に八を成す。

八頭陀に於いて復た三法を成す。一には無事処、二には糞掃衣、三には行乞食なり。若し三清浄なれば、頭陀満を成す。故に仏、難陀の為に説く。何の時にか汝の無事処を成じ、糞掃衣を受け、時後に食せず、趣いて身命を養い、欲する所を見ること無きを見ん。

問う、誰をか頭陀の分と名づくる。頭陀に幾種の法有る。云何が三行の人、頭陀の行を修する。幾の頭陀に時節有る。是れ頭陀なりと説く頭陀有りや。

答う、十三の頭陀有り。是れ仏の所説、仏の制する所の戒なり。此れを頭陀の分と謂う。此れ応に善・不善・無記と説くべからず。何を以ての故に、不善の人、悪欲と同なるが故に、悪欲を除かず。非法の貪利養と共に起こる。是の故に不善の頭陀なり。

幾種の法とは。謂わく二頭陀の法有り。不貪・不癡なり。仏の所説の如し。若し糞掃衣の比丘、少欲・知足・楽静・無疑に依り、解脱に依る。是れを糞掃衣を受くと謂う。諸余の頭陀も、亦た復た是の如し。不貪・不癡なり。

此の不貪を以て、此の十三処に於いて能く貪欲を除く。此の不癡を以て、十三処に於いて能く無明を除く。復た次に、此の不貪を以て、仏の許す所、能く厭患を生ず。相似にして疑い無く、欲染の欺誑を除く。此の不癡を以て、相似にして身の羸なる欺誑を除く。此の二頭陀の法、是れ不貪・不癡なり。

云何が三行の人、頭陀の行を修する。謂わく貪癡行の人、是れ頭陀の行を修す。嗔恚行の人、修行すること能わず。何を以ての故に、貪癡行の人にして、而も能く頭陀を修行す。貪人の愛に至ることの至りて不放逸を成すが如し。若し不放逸ならば則ち能く貪を伏す。癡の無疑の如し。頭陀の受に依りて不放逸を成す。若し不放逸ならば則ち能く癡を伏す。

何が故に貪癡の人、頭陀を修行する。瞋の人、苦を受くれば更に其の悪を成す。痰病の者の如し。若し熱湯を服すれば転た其の疾を増す。是の故に瞋の人、当に修行すべからず。

復た説く、瞋の人、応に無事処に住し及び樹下に在るべし。何が故に無事処に住する。世間の苦無きを以ての故に。

幾の頭陀に時節有る。三頭陀、八月の時なり。謂わく樹下住・露地住・塚間住なり。是れ安居の時なり。仏、覆処を聴す。

問う、云何が是れ頭陀にして頭陀と説く。

答う、亦た頭陀にして頭陀と説く有り。頭陀にして頭陀を説かざる有り。頭陀に非ずして頭陀を説く有り。頭陀に非ずして頭陀を説かざる有り。

云何が頭陀にして頭陀と説く有る。謂わく阿羅漢、頭陀の受を成就す。

云何が頭陀にして頭陀を説かざる有る。謂わく阿羅漢、頭陀の受を成就せず。

云何が頭陀に非ずして頭陀を説く有る。謂わく学人及び凡夫、頭陀の受を成就す。

云何が頭陀に非ずして頭陀を説かざる有る。謂わく学人・凡夫、頭陀の受を成就せず。

問う、頭陀、何の相ぞ、何の味ぞ、何の起ぞ。

答う、少欲を相と為す。知足を味と為す。無疑を起と為す。復た次に、著する所無きを相と為す。過無きを味と為す。退せざるを起と為す。

云何が初・中・後なる。謂わく受を初めと為す。修行を中と為す。歓喜を後と為す。


分別定品第四

問う、爾の時、浄戒の坐禅人、已に頭陀を行じて勝善の処の受を成就す。当に何をか作すべき。

答う、定を起こさしむ。

問う、何をか定とする。何の相ぞ、何の味ぞ、何の起ぞ、何の処ぞ。何人か禅・解脱・定・正受を受くる。何の差別ぞ。幾の定の因、見るべし。此れを以て定を起こす。定を障うること幾の法有る。幾の定の功徳ぞ。定に幾の衆具ぞ。幾種の定ぞ。云何が定を起こす。

答う、定とは、清浄の心有り。一向に精進し、寂静の功徳と等し。正真に住して乱れず。此れを定と謂う。

復た次に、煩悩の猛風、心慮を傾くること無し。殿裏の灯の光焔動かざるが如し。阿毘曇に説くが如し。若し心正しく住して攀縁する所無く、亦た動乱せず。寂静にして著無し。正定・定根・定力なり。此れを定と謂うと為す。

云何が相、何の味、何の起、何の処ぞ。心住するは是れ相なり。怨を伏するは是れ味なり。寂静なるは是れ起なり。染に於いて著せず、心、解脱を得。是れを処と名づくと為す。

何人か定を受くる。謂わく心数の等を受く。方便の定等なり。手の称を執るが如し。心・心数をして等しからしむ。鉢中の油の如し。念と精進と等しく行ずるを定と為す。猶お四馬の斉しく力して車を牽くが如し。思惟の等を定と為す。彼の箭師の心を注いで調直するが如し。怨を除くが故に、薬の毒を消すが如し。

毘曇に説くが如し。斂攝は是れ定の義なり。是の定の義より満つるは是れ定の義なり。

禅とは四禅なり。謂わく初禅等なり。

解脱とは、謂わく八解脱なり。内に色想有りて外の色を観ずる等なり。

定とは三定なり。謂わく有覚有観等なり。

正受とは、謂わく九次第正受なり。

云何が禅と為す。事を思惟するが故に、怨を思惟するが故に、心喜楽するが故に、障を離れて解脱するが故に、平等ならしむるが故に、方便して定を発するが故に、自在を得るが故に、一義を以て正受に住せざるが故に、定を起こすを楽うが故に、解脱・正受なり。

幾の功徳ありて定を得しむる。四功徳を見て定を得起こさしむ。云何が四と為す。現見法の楽楽住、観楽の事を以てす。神通の現証、有の具足なり。

何者か現見法の楽楽住なる。謂わく人、定を得れば、能く無漏を生ず。心、悦味を起こす。出世の楽を受く。現見法の楽楽住なり。是の故に世尊説く。彼、此の身、静より喜を生ず。清涼を得しめ、漸く円満し具足成就す等と。仏の比丘に告ぐるが如し。我れ先に尼乾と作す。七日七夜、身動揺せず、口言説せず、黙然として端住す。一向に楽を受く。是れを聖法に於いて現見法の楽楽住すと謂う。

観楽の事を以てするとは、謂わく坐禅人、心定の事を得。蓋纒有ること無し。調柔にして受持すべし。陰・入・界等を観見す。自性安楽なり。是の故に世尊、諸の比丘に教う。応当に修行すべし。是の如く一切、心に依りて如実に知る。

神通の現証とは、已に定を得たる人、五通を証するに依る。謂わく如意・天耳・他心・宿命・天眼なり。是の故に世尊説く。已に心定を得れば、宜しきに随いて転変す。是の如く一切、如意を得しむ。

有の具足とは、已に定を得たる人、未だ無学に到らず。終に退せざらしむ。定に由りて報を得。色・無色の有の具足を得。仏の所説の如し。少しく初禅を修すれば梵天の眷属を得。是の如き種類、一切彼に生ず。是の如く一切、此の四功徳、能く彼の定を生ず。一一、当に起こるべし。

定を障うること幾つか有る。謂わく八法なり。欲欲・瞋恚・懈怠・睡眠・調戯・疑惑・無明・無喜楽なり。一切の悪法、是れ障法なり。

幾の定の因とは。謂わく八法有り。是れ因なり。出離・不瞋・明相・不乱なり。一切の善法、心をして歓喜せしむ。能く法智を生ず。是れを定の因と為す。

幾の定の資とは。謂わく七種有り。戒・衆具・知足・根門を覆蔽す・飲食を節量す・初中後夜にして睡眠せず・常に念智慧・住処静寂なり。

定に幾種有る。定に二種有り。一には世間定、二には出世間定なり。聖果の所得、謂わく出世定なり。余を世定と名づく。其の世間定、是れ有漏・有結・有縛なり。是れ流、是れ厄、是れ蓋、是れ戒盗・見盗なり。是れ取、是れ煩悩なり。此れを世間定と謂う。此れと相違するを出世定と名づく。

復た次に、定に二種有り。邪定・正定なり。

云何が邪定なる。不善の一心、是れを邪定と謂う。若し善の一心、是れを正定と謂う。邪定は当に断つべし。正定は応に修すべし。

復た次に、定に二種有り。外定・安定なり。彼彼の定の初分、此れを外定と謂う。性除の無間、此れを安定と謂う。

復た次に、定に三種有り。有覚有観定・無覚少観定・無覚無観定なり。

云何が有覚有観なる。謂わく初禅に有覚有観あり。二禅は無覚少観なり。余の禅は無覚無観なり。

復た次に、定に三種有り。謂わく喜と共に生ずる定、楽と共に生ずる定、捨と共に生ずる定なり。初禅・二禅、謂わく喜と共に生ず。三禅、謂わく楽と共に生ず。四禅、謂わく捨と共に生ず。

復た次に、定に三種有り。善定・報定・事定なり。

云何が善定なる。聖道・学人及び凡夫、色・無色の定を修す。是れを善定と謂う。聖果・学人・凡夫、色・無色界に生ず。是れを報定と謂う。無学の人、色・無色の定を受く。是れを事定と謂う。

復た次に、定に四種有り。欲定・色定・無色定・無所受定なり。謂わく彼彼の行の正受の行、是れを欲定と謂う。四禅、是れを色定と謂う。四無色定及び善業の報、此れを無色定と謂う。四道果、謂わく無所受定なり。

又た定に四種の修行有り。謂わく苦修行の鈍智、苦修行の利智、楽修行の利智、楽修行の鈍智なり。此の四人、一は密煩悩、二は疎煩悩、三は利根、四は鈍根なり。密煩悩の人に於いて、鈍根、苦修行、鈍智もて定を得。密煩悩の利根、苦修行、利智もて定を得。疎煩悩の人、鈍根、楽修行、鈍智もて定を得。疎煩悩の利根、楽修行、利智もて定を得。

是に於いて、密煩悩の人、已に密煩悩なるが故に、苦しく煩悩を折伏す。是の故に苦修行なり。鈍根の人、鈍根を以ての故に、久しく禅行を積み、覚鈍智なり。是の故に鈍智と名づく。此の方便を以て、一切応に分別すべし。

復た次に、定に四種有り。謂わく小定小事、小定無量事、無量定小事、無量定無量事なり。

云何が小定小事なる。定、心の所得に随わず。定小なれば精進小なり。此れを小定小事と謂う。

云何が小定無量事なる。定、心の所得に随わず。彼の事、大精進なり。此れを小定無量事と謂う。

云何が無量定小事なる。定、心の所得に随う。彼の事、小精進なり。此れを無量定小事と謂う。

云何が無量定無量事なる。定、已に心の所得に随う。彼の事、大精進なり。此れを無量定無量事と謂う。

復た次に、定に四種有り。欲定・精進定・心定・慧定なり。

欲定とは、欲に依りて修め得。謂わく欲定と為す。精進に依りて得。謂わく精進定なり。心に依りて修め得。謂わく心定と為す。慧に依りて修め得。謂わく慧定と為す。

復た次に、定に四種有り。有る定は是れ仏の所得、声聞の所得に非ず。有る定は声聞の所得、仏の所得に非ず。有る定は是れ仏の所得、及び声聞の所得なり。有る定は仏の所得に非ず、声聞の所得に非ず。

大悲定・双変定、是れ仏の所得、声聞の所得に非ず。学果の定、是れ声聞の所得、仏の所得に非ず。九次第定・無学果の定、仏の所得、及び声聞得。無想定、仏の所得に非ず、声聞得に非ず。

復た次に、定に四種有り。有る定、起の為にして滅の為にせず。有る定、滅の為にして起の為にせず。有る定、起の為、滅の為なり。有る定、起の為にせず、亦た滅の為にせず。

問う、云何が起の為にして滅の為にせざる。

答う、欲界の善不善の定、此れを起の為にして滅の為にせずと謂う。四聖道の定、是れ滅の為にして起の為にせず。学及び凡夫の色・無色の善定、起の為、亦た滅の為なり。一切の果定及び事定、起の為に非ず、滅の為に非ず。

復た次に、定に四種有り。初禅・二禅・三禅・四禅なり。五蓋を離れ、覚観を成就す。喜・楽・一心なり。此れを初禅と謂う。覚観を離れて三枝を成就す。喜を離れて二枝を成就す。楽を離れて捨・一心もて第四禅を成就す。

復た次に、定に五種有り。謂わく初禅・二禅・三禅・四禅・五禅なり。五禅とは五枝を為す。覚・観・喜・楽・一心、五蓋を離れ、五枝を成就す。是れを初禅と謂う。覚を離れて四枝を成就す。是れを二禅と謂う。喜を離れて二枝を成就す。是れを三禅と謂う。楽を離れて二分を成就す。謂わく第四禅なり。所謂捨・一心なり。

問う、何が故に四禅及び五禅を説く。

答う、二人の報に由るが故に、第二禅に二種あり。謂わく無覚無観と無覚少観となり。

問う、是れ誰の坐禅人、初禅をして自在ならしめて第二禅を起こす。

答う、麁なる覚観に於いて念を摂し思惟す。復た覚の過患を知りて無覚観の第二禅を起こさしむ。是れ其の四禅を修する次第なり。

復た一人有り、已に初禅をして自在ならしめて第二禅を現起す。麁なる覚に於いて念を摂し思惟す。唯だ覚の過患を知り、無覚少観を見て第二禅を起こす。是れ其の五禅を受くる次第なり。是の故に五禅を説く。

復た五種の定あり。謂わく五分の正受なり。喜満・楽満・心満・光満・観想なり。是に於いて、初禅・二禅は喜満なり。是に於いて三禅は楽満なり。他心智に於いて、是れを心満と名づく。天眼通に於いて、是れを光満と名づく。彼彼の定より起ちて観智す、是れを観想と名づく。

復た次に、定に五種有り。謂わく五智の正定なり。此れ現在に楽しく、亦た未来に楽報す。身の智に依りて此の定を起こす。是れ聖の所行、煩悩無し。此の定、慧人、此の定を修習す。寂寂として快楽なり。猗の所得、成就して二無し。生死を伏せず。此の定、寂寂として最も楽し。猗、一性の所得を成す。生死を伏するに非ず。我れ此の定、念じて入り念じて起つ。身の智に依りて起こる。

復た次に、已に行処を分別し已る。修行の事及び下・中・上を分別す。是の如き定、多種有るを以て、一切の諸定、皆な四定に入るべきを知る。


覓善知識品第五

問う、爾の時、何を以て定を起こす。

答う、若し初めの坐禅人、禅定を生ぜんと欲せば、当に勝善の知識を覓むべし。何を以ての故に、初めの坐禅、禅定を生ぜんと欲し、最勝の定を得んとするに、若し善知識を離れなば、住せざる分を成す。経の中に説くが如し。雲比丘有り、退分を成す。人の独り遠国に遊び、侶無くして開示す、意に随いて自ら行くが如し。象の鉤無きが如し。

若し坐禅人の修する所の行、善知識を得て法を説き教誡し、其れをして摂受せしめ、過患を除くを示し、善法を得しむ。教に従いて修行し、精勤苦行して最勝の定を得。富める商主の衆の敬貴する所の如し。親善の人の如し。親なる父母の如し。

善知識とは、象の繋がれて動かざらしむる所の如し。車を御する人の随いて去住せしむる所の如し。人の拕を執りて善道を得るを為す。医の病を治して苦楚を消するを為すが如し。猶お天雨の諸種を潤益するが如し。母の児を養うが如し。父の子を教うるが如し。親の難無きが如し。友の饒益するが如し。師の教誡するが如し。一切の善法、是れに依りて成満す。

是の故に世尊、難陀に教う。一切の梵行、謂わく善知識なり。是の故に当に勝善の人を覓めて善き朋友と為すべし。

云何が是れ勝善の知識なる。謂わく成就する所有り、修多羅・毘曇・毘尼に明了なり。是れを所得成就と謂う。業種に明了なり。善神通を得。四諦を見るを得。此の二種の人、功徳成就す。是れ当に覓むべき所なり。

若し二種の功徳成就の人を得ずんば、七分成就の善知識を以てす。是れも亦た当に覓むべし。

云何が七分なる。敬愛すべし、重んずべし、貴ぶべし。能く説き、忍辱し、深語を説き、非処に安んぜず。

云何が敬愛すべきなる。二種の行に依る者、善く説き、共住して心解し易からず。是れを敬愛すべしと謂う。

重んずべきとは、戒行寂静、念を守りて成就す。貪欲せず、多語せず。是れを重んずべしと謂う。

貴ぶべきとは、聞慧の功徳成就し、坐禅を知りて重んずべし。是れを貴ぶべしと為す。

能く説くとは、我が言、愛すべく重んずべく貴ぶべし。果有り。是の如く思惟して彼の為に饒益するが故に、法を尊重するが故に、為すべからざるに於いて制伏し摂受し、終に棄捨せず。是れを能く説くと謂う。

忍辱とは、能く滞り無からしむ。綺語・総語の相無し。賢聖の如きが故に。是れを忍辱と謂う。

深語とは、業処に通達す。若し分別し、想念し、作意し、安著するに皆な相を執するに由る。善く説くこと法の如し。不如法の煩悩の取相、能く滅尽せしむ。是れ深語を説く。

非処に安んぜずとは、若し姓族・住処・業・聚誦に於いて、著して住せざるべきは避くべし。若し堪事の処の行に於いて、安隠を得しむ。是の住、住すべし。此れを非処に安んぜずと謂う。此の七分を以て成就す。是の善知識、覓むべし。

問う、云何が応に覓むべき。

答う、若し知れ、某甲の住処、是れ功徳成就して重んずべしと。若し禅師有らば、応当に彼に往くべし。若し自ら知らずとも、余処の同学知らば、応に往きて親しく覲すべし。已に時節を知りて如法に未だ其の意を説かず。恭敬し労わり、起居を問う。所行を諮訪す。何処の国土、何処の住止ぞ。衆の安住有りや。僧の静坐有りや。是の禅師有りや。其の行、若為ぞ。何の功徳を以て一切の貴ぶ所なる。応に是の如く問うべし。

同学、応に答うべし。某国・某住・某衆・禅坐す。某禅師、衆の愛重する所なり。聞くを得已りて深く思い随喜す。当に彼の処に往きて親しく覲して行を受くべし。応に衣服を整え、和上の所に到りて自ら意楽を説くべし。

和上、我を聴せ。我れ当に彼に往きて禅師を親覲すべし。

和上、応に聴して答うべし。善哉、我れも亦た随喜す。是れ善人の所作なり。此れを善人の共住、善人の所行と謂う。是れ法に随いて修行す。若し見聞せば大利益を得。何に況んや共住せんや。汝、当に彼に往くべし。汝、已に彼に往かば、愼みて放逸すること莫れ。若し是の善人ならば、勤めて修学すべし。若し一時及び一切時に於いて等しく信敬を加え、誠に当に善語もて身口を守護し、修行を暁解すべし。当に成就を得べし。一切師に依りて軽易を生ずること莫れ。初めて嫁する小女の性もて舅姑に事うるが如くすべし。応に慚愧を生じて教誡を聴受すべし。

若し弟子の衣服・湯薬無きを見ば、若し彼に往く時、如法に料理し、法を説き教誡す。将送するに及びて、行坐し、善法を以て教う。

彼の坐禅人、衣服を斉整し、恭敬して囲遶し、師の足下を礼す。行く所の半路、園外、諸の水地有る、彼の一処に往く。衣鉢・革屣・澡罐・禅具、高く一処に置きて水に近からしめず。当に浴すべし。声せざれ。若し浴し竟り已らば、衣服を斉整す。欝多羅僧を著け、衣鉢・禅具、右肩の上に置く。僧伽梨を巻きて若し肩の上に置く。若し寺舎に入らば、蓋を低くして塔を繞る。

若し比丘を見れば、当に往きて諮問すべし。此の処に坐禅人有りや不や。糞掃衣の人有りや不や。乞食の人有りや不や。律師有りや不や。有らずば何処に住する。何に従いて至るべき。有らば当に往くべし。若し此の人無く、律師有らば、我れも亦た当に往くべし。又た律師無くんば、誰をか上座と為す。我れも亦た当に往くべし。

若し上座・大僧、衣鉢を取るを為すとも与うること勿れ。若し余の小なる者は応に与うべし。若し取る人無くんば、下して一処に置け。若し上座を見れば、応当に足を礼して一面に住すべし。

旧住の比丘、坐を以て、水及び澡洗の処、如法に供給す。其の消息を延べ、其の衣鉢を安んず。便処を示す。僧制を訪問す。

日、入らんと将する時、寺内を周行す。若し律師を見れば、共に語り、疑いの罪及び犯さざる罪を諮問す。若し阿毘曇師を見れば、慧を修すべきを為す。当に陰・入・界・業を問うべし。若し頭陀の人を見れば、相応の慧を為して、当に頭陀の功徳を問うべし。

若し彼に住せば、日日に応に往きて処処に諮問すべし。若し行かんと欲せば、当に臥具を屏し牒むべし。大僧の足を礼して白して云うべし、行き去ると。此れ是れ比丘の客法の用なり。

彼の坐禅人に於いて、応に住し親近すべし。禅師、若し至らば、小なりと雖も亦た代わりて衣鉢を取れ。禅師の法、行くべきと行くべからざると、応に即ち行きて去らしむべからず。是れ先の所作、応当に修行すべし。

若し人を教えんと欲せば、先ず覚を取れ。坐禅人を学ぶに、先に已に法を行ず。住処を看視し、衣鉢を安置す。少時消息し、時節を知識して禅師を親覲し、恭敬して礼拝す。少時静黙して当に坐すべし。

若し禅師、欲する所を問わば、当に楽う所に随いて説くべし。若し問わずんば則ち応に説くべからず。此れより已後、楊枝・澡洗等、当に依止を請いて所行の業を修すべし。

若し乞の時至らば、往きて闍梨に問う。如法に当に作すべし。食の時、若し至らば、闍梨の為に足を洗い及び坐処を安んず。鉢を授く。其の自らの鉢に於いて食す。応に闍梨の取る所の多少を問うべし。自らの鉢に安置して減じて弟子に与う。是の如く摂受す。是の如く難からず。

爾の時、食し已る。闍梨の鉢を取りて洗い訖り、処に安んず。時を知りて親覲し、恭敬して礼拝す。少時静黙して当に坐すべし。

若し闍梨問わば、楽う所に随いて説け。若し問わずんば、闍梨を礼拝して請い聴せ。我れ本来の所欲を説かん。若し聴許を蒙らば、意に随いて問え。闍梨、若し聴さば一切当に説くべし。若し問わずんば、阿闍梨を礼し、時節を覓めて当に説くべし。我が来たる因縁、願わくは闍梨、我が説く所を聴け。若し阿闍梨聴さば、一切其の楽う所、当に説くべし。

闍梨言う、善哉と。如法に教誡す。応当に摂受すべし。是の故に世尊、偈を説く。

 時を以て親近し 心をして憍慢無からしむ  梵行、能く法を護る 譬えば樹の風無きが如し  法を念じて修行し 及び法戯もて自ら楽しむ  法に住し法を分別し 当に如実の法を説くべし  法を毀ること当に行ずべからず 綺語・憂・戯笑  瞋恚もて懈怠すること勿れ 忿恨・貪・慢・癡  愛染・佷戻等 修行して悉く伏除すべし  義を守りて自ら高ぶらず 善を知りて誠実に語る  定の為に実に知聞す 若し人、輒ち放逸ならば  聞慧増長せず 若し人、正法を知れば  天人の恭敬する所なり 恭敬して信心を成ず  多聞、能く法を護る 楽しみ聞くを得しむ  是の如き諸の功徳 法に随いて能く修行す  能く勝妙の解を生ず 智慧人を成就す  若し是の如き師有らば 当に不放逸を修すべし

解脱道論 巻第二

解脱道論卷第二  *阿羅漢優波底沙*梁言大光造   梁扶南三藏僧伽婆羅譯    頭陀品第三 画像 問爾時淨戒坐禪人。心欲成就勝善功徳。又 爲欲得頭陀功徳。當如是成就。何故受此頭 陀功徳。答爲坐禪人性不一種。爲於少欲。爲 於知足。爲於無疑。爲於滅愛。爲欲増長勇猛 精進。爲自少營不受外施。爲於安住。爲斷 所著守護戒善。是諸定衆具。是初聖種。是勝 功徳觀。何者爲頭陀。有十三法二法衣相應。 謂糞掃衣及三衣五法乞食相應。謂乞食次 第乞食。一坐食5節量食。時後不食。五法坐 臥相應。一無事處坐。二樹下坐。三露地坐。四 画像 塚間坐。五遇得處。坐一勇猛相應有一種。 謂常坐不臥。云何糞掃衣。答性能受持是謂 爲性。餘亦如是。云何受糞掃衣。斷居士施。 云何受三衣。謂斷長衣。云何乞食。謂斷他 請。云何次第乞食。謂斷超越乞。云何一坐食。 謂不再坐。云何節量食。斷於貪恣。云何時後 不食。謂斷於後望。云何無事處坐。斷聚落住。 云何樹下坐。斷屋舍住。云何露地坐。斷衆覆 處。云何塚間坐。斷餘勝處。云何遇6得坐。斷 画像 貪樂處。云何常坐不臥。謂離寢寐。何故受糞 掃衣。見居士衣有求乞等過。復見受持7納衣 功徳。我見如是斷居士施故受*納衣。云何受 *納衣功徳。以似居士衣受持無闕。得不由他 失亦不憂。心無貪染盜賊不取。足8用常用 少所經營。善人所習是行無疑。勝善相應現 法樂住。令人欣慕使得正受。是*納衣功徳。 佛所稱歎。問*納衣有幾。何人受持。何因而 失。答納衣有二種。一無主守護。二世人所棄。 或於塚間。或於糞掃。或於市肆。或於道路。拾 画像 9剪浣染掩緝裁縫成就受持。此謂無主。或 *剪鑿之餘。牛鼠所嚙。或火所燒。或人所擲。 施覆尸衣及外道服。此謂世人所棄。云何受 糞掃衣。若比丘斷居士施。是謂受糞掃衣。云 何失。若比丘受居士施。此謂失*納衣。云何 受三衣。爲有長衣應須淨施守護受著。知是 等過。見三衣功徳。我從今日棄捨長衣故受 三衣。云何受三衣功徳。善人所行離畜遊長。 少於營造約身知足。如鳥飛空無所顧戀。善 人所習是法無疑。問云何名三衣。云何爲受。 画像 云何爲失。答謂僧伽梨。欝多羅僧。安陀會。 此謂三衣。云何受三衣。若比丘不畜盈長。是 受三衣。若受四衣。是名爲失。云何受乞食。若 受他請則妨自業。不爲悦人。不與非法比丘 接膝共坐。知是過患。復見乞食功徳。我從今 日斷受他請。受乞食法。云何乞食功徳。依心 所願進止自由。不希供饍。消除懈怠。斷滅憍 慢不貪1滋味。饒益衆生。常於四方心無限 礙。善人所行是業無疑。問請有幾種。云何 画像 爲受。云何爲失。答請有三種。一似食請。二就 請。三2過請。除此三種請受乞食。若受三請 是失乞食。云何受次第乞食。若於次第處得 多美味則不重往。若其重往則受常食。若有 疑處亦應遠離。知是過患。復見次第功徳。 我從今日捨非次乞受次第乞。云何次第乞 功徳。以平等心饒益一切。除3憎嫉惡斷遊 狎過。不喜喚召不樂多語。遠人宅舍。離於疾 行。如月希現人所瞻仰。善人所行是業無疑。 問云何名次第乞。云何爲受。云何爲失。答若 画像 比丘始行乞食入於聚落。從最後家以爲初 次。此謂次第行乞。云何爲失。謂4超越隣比 是名爲失。云何受一坐食。謂於二坐處數坐 數受食數洗鉢。與此相違名一坐食。善人所 行是業無疑。知如是過。見一坐食功徳。是故 應受。我從今日捨二坐食一坐食。云何一 坐食功徳。不多不少不貪不淨施。無諸病惱 起居無妨。自事安樂。善人所行是業無疑。問 云何受一坐食。云何爲邊。云何爲失。答邊有 三種。謂坐邊水邊食邊。云何坐邊。食已猶坐。 画像 受水洗鉢不得更食。此謂水邊。云何食邊。 若於揣食生最後想。若呑不更食。此謂食邊。 若經二坐則失一食。除水藥等。諸佛所嘆。此 謂食邊。云何受節量食。若5飡飮無度増身 睡重。常生貪樂爲腹無厭。知是過已。見節 量功徳。我從今日斷不貪恣受節量食。云何 節食功徳。籌量所食不恣於腹。多食6増羸。 知而不樂。除貪滅病斷諸懈怠。善人所行是 業無疑。問云何受節量食。云何爲失。答若 画像 受7飯食應自思惟。所須多少。以爲常准。不 取長食。善知籌量斷無期度。謂節量食。若不 如是此則爲失。云何受時後不食。斷於望想 離於長食。知是過患。見時後不食功徳。我從 今日斷於長食。受時後不食。云何時後不食 功徳。斷所貪樂節護其身。離於宿食息所營 求。無告於他不隨心欲。善人所行是業無疑。 問時後幾種。云何爲受。云何爲失。答時後有 二種。謂不節邊受持邊。云何不節邊。若受長 食得別請罪不當更食。云何受持邊。已食二 画像 十一揣8食。不當更受。時後不食則斷於長。 若受長食失時後不食。云何受無事處。國中 喧雜識觸五塵心生染樂。若住閙處去來紛 動。知是過患。復見無事處功徳。我從今日斷 國中住受無事處。云何無事處功徳。離於國 中喧雜識觸五塵心生染樂。若住閙處去來 紛動。見十種語功徳最勝可愛。天人歡喜。不 樂狎俗樂得寂。寂樂少聲從心禪坐善人所 行是業無疑。問云何最後無事處。云何爲受。 云何爲失。答離於國城。栖處郊外。避於邊 画像 遠。取中人四肘五百弓内。9是最後無事處。 除國中住。此謂無事處。若住國中則失無事 處。云何受樹下坐。捨於覆處不積畜。修治貪 10受求索。知是爲過。見樹下功徳。我從今日 斷於覆處受樹下住。云何樹下功徳。依樂可 11愛不交世俗樂離12作務與天同止。斷住處 嫉及離愛著。善人所行是業無疑。問何樹可 住。何樹可離。云何而受。云何能失。答於日中 時樹影至處。及無風時葉所墮處。是所可住。 画像 除危朽樹空腐樹鬼神樹。離諸覆處是受樹 下。若往覆處則失樹下。云何受露地住。不樂 覆處及在樹下藏畜物處。知是過患。見露住 功徳。我從今日斷不樂處受13露地住。云何露 住功徳。莫往不樂處。斷懈怠睡眠。猶如野 鹿隨意而行無所追慕。善人所行是業無疑。 云何爲受。云何爲失。斷於覆處及在樹下。是 受露住。若住覆處及在樹下。則失露住。云何 受塚間住。若於餘處少行放逸。不起畏惡。知 是過患。見塚間功徳。我從今日斷於餘處受 画像 塚間住。云何受塚間功徳。得死時念。得不淨 相。得非人敬重。不起放逸。伏於欲染。多所厭 患。不懼可畏。觀身空寂。斷計常想。善人所行 是業無疑。問云何受塚間功徳。於何可住。於 何可行。何受何失。答若恒有人常多哭泣。恒 有烟火。若初欲住如是塚間。當先觀察。有餘 靜處。便可往住。若比丘止於塚間。不當作房 及安床座。不從風坐不逆風住。臥時不熟。無 食魚味。不飮乳酪不食麻14粹。不觸肴肉。不 住屋中。不安鉢器。若人已去捉持坐具及餘 画像 衣物。往到塚間。當其住處如擲物遠。明相 現時攝諸衣具還僧伽藍。除餘處住。是謂塚 間。若1住餘處則名爲失。云何受。遇得處住。 不樂人所貪。不惱他令避。知是過患。見遇得 處功徳。我從今日斷貪住處受遇得處。云何 遇得處功徳。覓知足處。貪於寂靜。斷多*愛 樂。人所敬重。住於慈悲一向斂攝。善人所行 是業無疑。云何爲受。云何爲失。斷貪所止。 是謂依遇。若往樂處則名爲失。云何受常坐 画像 不臥。於所住處睡眠懈怠。知是過患。見常坐 功徳。我從今日斷於惛臥。受常坐不臥。云 何常坐功徳。斷生怠處。除爲身嫉離染觸樂 少於纒睡。常多寂靜堪修禪勝。善人所行是 業無疑。云何爲受。云何爲失。謂斷睡臥。若寢 名失。云何離糞掃衣。於居士施衣芻麻2古 3貝憍奢耶欽婆羅等。以方便受不失納衣。云 何三衣。若畜長衣已過十日。有月望衣。有 功徳衣。又有長衣。爲護臥具敷具覆瘡衣手 巾雨浴衣不受持不淨施。若以方便不失三 画像 衣。云何乞食方便。若僧次食及常住食。行籌 食十五日食。布薩食衆食4寺食。以方便受不 失乞食。若見此過亦應捨離。云何次第乞食 方便。見象馬等5當門而鬪可羞鄙處。諸如是 等若見宜避。又見旃陀羅覆鉢。學家隨6和 上闍梨客行比丘。諸如是等方便而越。不失 次第。云何一坐食方便。若正食時見象7馬 牛蛇8雨和上闍梨客比丘來。方便而起。起已 更食。不失一坐。若節量食及時後食無方便。 云何無事處方便。或爲受戒懺罪。問法布薩 画像 自恣自病看疾。問經疑處。如是等縁。方便住 聚落。不失無事處。云何樹下方便。若遇雨時 宜入覆處。明相既現還而不失。樹下露住塚 間。遇得此等方便。亦復如是。餘住處可住常 坐不臥無方便。復有一説。若灌鼻時得作方 便。不失常坐。以此十三頭陀。更成八法。如毘 曇中説八頭陀。是時後不食攝。節量一坐。其 所受持成一種類。是無事處攝。樹下露坐塚 間。何故於無事處。若營造房舍樂爲作務。多 画像 所聚蓄愛著住處。非心所樂。作如是意。於樹 下塚間露地淨住。是故成八。於八頭陀復成 三法。一無事處。二糞掃衣。三行乞食。若三清 淨頭陀成滿。故佛爲難陀説。何時見汝成無 事處。受糞掃衣。不時後食。趣養身命。無見所 欲。問誰名頭陀分。頭陀有幾種法。云何三行 人修頭陀行。幾頭陀有時節。有是頭陀説頭 陀。答有十三頭陀。是佛所説。佛所制戒。此謂 頭陀分。此不應説善不善無記。何以故。不善 人與惡欲同故。不除惡欲。共起非法貪樂利 画像 養。是故不善頭陀。幾種法者。謂有二頭陀 法。不貪不癡。如佛所説。若糞掃衣比丘。依少 欲知足樂靜無疑。依於解脱。是謂受糞掃衣。 諸餘頭陀。亦復如是。不貪不癡。以此不貪於 此十三處能除貪欲。以此不癡於十三處能 除無明。復次以此不貪佛之所許。能生厭患。 相似無疑除欲染欺誑以此不癡。相似除身 羸欺誑。此二頭陀法。是不貪不癡。云何三 行人修頭陀行。謂貪癡行人是修頭陀行。嗔 恚行人不能修行。何以故。貪癡行人。而能修 画像 行頭陀。如貪人至愛成不放逸。若不放逸則 能伏貪。如癡無9疑。依頭陀受成不放逸。若 不放逸則能伏癡。何故貪癡人修行頭陀。瞋 人受苦更成其惡。如痰病者。若服熱湯轉増 其疾。是故瞋人不當修行。復説瞋人應住無 事處及在樹下。何故住無事處。以無世間苦 故。幾頭陀有時節。三頭陀八月時。謂樹下住 露地住塚間住。是安居時。佛聽覆處。問云 何是頭陀説頭陀。答亦有頭陀説頭陀。有頭 画像 陀不説頭陀。有非頭陀説有頭陀。有非頭陀 不説頭陀。云何有頭陀説頭陀。謂阿羅漢成 就頭陀10受。云何有頭陀不説頭陀。謂阿羅漢 不成就頭陀受。云何有非頭陀説頭陀。謂學 人及凡夫成就頭陀受。云何非頭陀不説頭 陀。謂學人凡夫不成就頭陀受。問頭陀何相 何味何起。答少欲爲相。知足爲味。無疑爲起。 復次無所著爲相。無過爲味。不退爲起。云何 初中後。謂受爲初。修行爲中。歡喜爲11後   分別定品第四 画像 問爾時淨戒坐禪人。已行頭陀受成就勝善 處。當何所作。答令定起。問何定何相何味何 起何處。何人受禪解脱定。12正受何差別。幾 定因可見。以此起定。障定有幾法。13幾定功 徳。定幾衆具。幾種定。云何起定。答定者有清 淨心。一向精進與寂靜功徳等。正眞住不亂。 此謂定。復次煩惱猛風無傾心慮。如殿裏燈 光焔不動。如阿毘曇説。若心正住無所攀縁。 亦不動亂。寂靜無著。正定14定根定力。此 謂爲定。云何相何味何起何處。心住是相伏 画像 怨是味。寂靜是起。於染不著心得解脱。是 名爲處。何人受定。謂受心數等方便定等。如 手執稱。令心心數等。如鉢中油。念與精進等 行爲定。猶如四馬齊力牽車。思惟等爲定。如 彼箭師注心調直。以除怨故。如藥消毒。如毘 曇説。斂攝是定義。從是定義滿是定義。禪者 四禪。謂初禪等。解脱者。謂八解脱。内有色 想外觀色等。定者三定。謂有覺有觀等。正 受者。謂九次第正受。云何爲禪。思惟事故。思 画像 惟怨故。心喜樂故。離障解脱故。令平等故。方 便發定故。得自在故。不以1一義住正受故。 樂起定故。解脱正受者。幾功徳令定得。起見 四功徳令定得起。云何爲四。現見法樂樂住。 以觀樂事。神通現證有具足。何者現見法樂 樂住。謂人得定。能生無漏。心起悦味。受出世 樂。現見法樂樂住。是故世尊説。彼此身從 靜生喜。使得清涼。令漸圓滿具足成就等。 如佛告比丘。我先作尼乾。七日七夜身不動 搖。口不言説默然端住。一向受樂。是謂於 画像 聖法現見法樂樂住。以觀樂事者。謂坐禪人 得心定事。無有蓋纒。調柔堪受持。觀見陰 入界等。自性安樂。是故世尊教諸比丘。應當 修行。如是一切以心依如實知。神通現證者。 已得定人依證五通。謂如意天耳他心宿命 天眼。是故世尊説。已得心定隨宜轉變。如是 一切令得如意。有具足者。已得定人未到無 學。終令不退。由定得報。得色無色有具足。如 佛所説。少修初禪得梵天眷屬。如是種類一 切生彼。如是一切此四功徳。能生彼定。一一 画像 當起。障定有幾者。謂八法。欲欲嗔恚。懈怠 睡眠。調戲疑惑。無明無喜樂。一切惡法是 障法。幾定因者。謂有八法。是因出離不嗔。 明相不亂。一切善法令心歡喜。能生法智。是 爲定因。幾定資者。謂有七種戒。衆具知足。覆 蔽根門。節量飮食。初中後夜而不睡眠。常念 智慧。住處靜寂。定有幾種者。定有二種。一 世間定。二出世間定。聖果所得。謂出世定。餘 名世定。其世間定。是有漏有結有縛。是流 画像 是2厄是蓋是戒盜見盜。是取是煩惱。此謂 世間定。與此相違名出世定。復次定有二種。 邪定正定。云何邪定。不善一心。是謂邪定。若 善一心。是謂正定。邪定當斷。正定應修。復 次3定有二種。外定安定。彼彼定初分此謂 外定。性除無間此謂安定。復次定有三種。有 覺有觀定。無覺少觀定。無覺無觀定。云何有 覺有觀。謂初禪有覺有觀。二禪無覺少觀。餘 禪無覺無觀。復次定有三種。謂共喜生定。共 樂生定。共捨生定。初禪二禪謂共喜生。三禪 画像 謂共樂生。四禪謂共捨生。復次定有三種。善 定報定事定。云何善定。聖道學人及凡夫。修 色無色定。是謂善定。聖果學人凡夫生。色 無色界。是謂報定。無學人受色無色定。是 謂事定。復次定有四種。欲定色定無色定無 所受定。謂彼彼行正受行。是謂欲定。四禪是 謂色定。四無色定及善業報。此謂無色定。四 道果謂無所受定。又定有四種修行。謂苦修 行鈍智。苦修行利智。樂修行4利智。樂修行 5鈍智。此四人一者密煩惱。二者疎煩惱。三 画像 者利根。四者鈍根。於密煩惱人。鈍根苦修 行。鈍智得定。密煩惱利根苦修行。利智得 定。疎煩惱人鈍根樂修行。鈍智得定。疎煩惱 利根樂修行。利智得定。於是密煩惱人。已密 煩惱故。苦折伏煩惱。是故苦修行鈍根人。 以鈍根故。久積禪行覺鈍6智。是故名鈍*智。 以此方便。一切應分別。復次定有四種。謂小 定小事。小定無量事。無量定小事。無量定無 量事。云何小定小事。定不隨心所得。定小精 画像 進。此謂小定小事。云何小定無量事。定不隨 心所得。彼事大精進。此謂小定無量事。云 何無量定小事。定隨心所得。彼事小精進。 此謂無量定小事。云何無量定無量事。定已 隨心所得。彼7事大精進。此謂無量定無量 事。復次定有四種。欲定精進定心定慧定。 欲定者。依欲修得。謂爲欲定。依精進得。謂精 進定。依心修得。謂爲心定。依慧修得。謂爲慧 定。復次定有四種。有定是佛所得。非聲聞 所得。有定聲聞所得。非佛所得。有定是佛所 画像 得及聲聞所得。有定非佛所得非聲聞所得。 大悲定雙變定。是佛所得。非聲聞所得。學果 定是聲聞所得。非佛所得。九次第定無學果 定。佛所得及聲聞得。無想定非佛所得非聲 聞得。復次定有四種。有定爲起不爲滅。有 定爲滅不爲起。有定爲起爲滅。有定不爲起 亦不爲滅。問云何爲起不爲滅。答欲界善不 善定。此謂爲起不爲滅。四聖道定。是爲滅 不爲起。學及凡夫色無色善定。爲起亦爲滅。 一切果定及事定。非爲起非爲滅。復次定有 画像 四種。初禪二禪三禪四禪。離於五蓋成就覺 觀。喜樂一心。此謂初禪。離於覺觀成就三 1枝。離喜成就二*枝。離樂捨一心成就第四 禪。復次定有五種。謂初禪二禪三禪四禪五 禪。五禪者爲五*枝。覺觀喜樂一心離五蓋 成就五枝。是謂初禪。離覺成就四*枝。是謂 二禪。離喜成就二*枝。是謂三禪。離樂成就 二分。謂第四禪。所謂捨一心。問何故説四禪 及五禪。答由二人2報故。第二禪二種。謂無 画像 覺無觀無覺少觀。問是誰坐禪人。令初禪自 在起第二禪。答於麁覺觀攝念思惟。復知3覺 過患令起無覺觀第二禪。是其修四禪次第。 復有一人已令初禪自在現起第二禪。於麁 覺攝念思惟。唯知覺過患見無覺少觀起第 二禪。是其受五禪次第。是故説於五禪。復 五種定。謂五分正受。喜滿樂滿心滿光滿觀 想。於是初禪二禪喜滿。於是三禪樂滿。於 他心智是名心滿。於天眼通是名光滿。從彼 彼定起觀智是名觀想。復次定有五種。謂五 画像 智正定。4此現在樂亦未來樂報。依身智起此 定。是聖所行無煩惱。此定慧人修習此定。寂 寂快樂。猗所得成就無二。不伏生死。此定 寂寂最樂。猗成一性所得。非伏生死我。此定 念入念起依身智起。復次已分別行處已。分 別修行事及下中上。以如是定有多種。可知 一切諸定皆入四定   覓善知識品第五 問爾時何5以起定。答若初坐禪人欲生禪定。 當覓勝善知識。何以故。初坐禪欲6生禪定 画像 得最勝定。若離善知識。成不住分。如經中 説。有雲比丘成於退分。如人獨遊遠國。無侶 開示隨意自行。如象無鉤。若坐禪人所修之 行。得善知識説法教7誡。令其攝受。示除過 患使得善法。從教修行精勤苦行得最勝定。 如富商主衆所敬貴。如親善人。如親父母。善 知識者。如象所繋令不動故。如御車人使隨 去住故。如人執8拕爲得善道。如醫治病爲消 苦楚。猶如天雨潤益諸種。如母養兒。如父教 画像 子。如親無難。如友饒益。如師教誡。一切善法 依是成滿。是故世尊教於難陀。一切梵行所 謂善知識。是故當覓勝善之人爲善朋友。云 何是勝善知識。謂有所成就明了修多羅毘 曇毘尼。是謂所得成就。明了業種。得善神通。 9得見四諦。此二種人功徳成就。是所當覓。 若不得二種功徳成就人。以七分成就善知 識。是亦當覓。云何七分。可敬愛可重可貴。 能説忍辱説深語不安非處。云何可敬愛。依 二種行者善説共住樂心解不難。是謂可敬 画像 10愛。可重者。戒行寂靜守念成就。不貪欲多 語。是謂可重。可貴者。聞慧功徳成就知坐 禪可重。是爲可貴。能説者。我言可愛可重 可貴。有果如是思惟饒益彼故。尊重法故。於 非可作制伏攝受終不棄捨。是謂能説。忍辱 者。能11令無滯綺語總語相。如賢聖故。是謂 忍辱。深語者。通達業處。若分別。想念作意 安著皆。由執相善説如法。不如法煩惱取相。 能令滅盡。是説深語。不安非處者。若於姓 族住處業聚誦著非住可避。若於堪事處行 画像 令得安隱。是住可住。此謂不安非處。以此 七分成就。是善知識可覓。問云何應覓。答若 知某甲住處是功徳成就可重。若有禪師應 當往彼。若自不知餘處同學知。應往親覲。已 知時節如法未説其意。恭敬勞問起居。諮訪 所行。何處國土何處住止。有衆安住。有僧 靜坐。有是禪師。其行若爲以何功徳一切所 貴。應作如是問。同學應答。某國某住某衆 禪坐12某禪師。衆所愛重。得聞是已深思隨 画像 喜。當往彼處親覲受行。應整衣服到和上所 自説意樂。和上聽我。我當往彼親覲禪師。和 上應聽答善哉。我亦隨喜。是善人所作。此 謂善人共住善人所行。是隨法修行。若見聞 者得大利益。何況共住。汝當往彼。汝已往彼 愼莫放逸。若是善人可勤修學。若於一時及 一切時等。加信 敬誠當善語守護身口曉解修行。當得成就。 一切依師莫生輕易。如初嫁小女13性事舅姑。 應生慚愧聽受教誡。若見弟子無衣服湯藥。 画像 若往彼時如法料理。説法教誡。14及至將送 行坐教以善法。彼坐禪人齊整衣服。恭敬圍 遶禮師足下。於行所半路園外諸有水地。往 彼一處衣鉢革屣澡15罐禪具。高置一處不使 近水。當浴不聲。若浴竟已。齊整衣服。著欝 多羅僧。衣鉢禪具置右肩上。卷僧伽梨若置 肩上。若入寺舍16低蓋繞塔。若見比丘當往 諮問。此處有坐禪人。不有糞掃衣人。不有乞 食人。不有律師。不有者於何處住。從何可 至。有者當往。若無此人。有律師者。我亦當 画像 往。又無律師。誰爲上座。我亦當往。若上座 大僧爲取衣鉢勿與。若餘小者應與。若無人 取下置一處。若見上座應當禮足於一面住。 舊住比丘以坐。以水及澡洗處如法供給。1延 其消息安其衣鉢。示其便處。訪問僧制。日 將入時周行寺内。若見律師共語諮問所疑 之罪及不犯罪。若見阿毘曇師爲應修慧。當 問陰入界業。若見頭陀人。爲相應慧當問頭 陀功徳。若住於彼日日應往處處諮問。若欲 画像 行當2屏牒臥具。禮大僧足白3云行去。此是 比丘爲客法用。於彼坐禪人應4住親近。禪 師若至雖小亦代取衣鉢。禪師之法可行不 可行。不應即行令去。是先所作應當修行。若 欲教人先取5覺。學坐禪人先已行法。看視住 處安置衣鉢。少時消息知識時節親覲禪師 恭敬禮拜。少時靜默當坐。若禪師問所欲。當 隨説所樂。若不問者則不應説。從此已後楊 枝澡洗等。當請依止修所行業。若乞時至。往 問闍梨如法當作。食時若至。爲闍梨洗足及 画像 安坐處授鉢。於其自鉢食。應問闍梨所取多 少。安置自鉢減與弟子。如是攝受如是不難。 爾時食已。取闍梨鉢洗訖。安處知時親覲恭 敬禮拜。少時靜默當坐。若闍梨問隨説所樂。 若不問禮拜闍梨請聽。我説本來所欲。若蒙 聽許。6隨意問。闍梨若聽一切當説。若不問 禮阿闍梨。7覓時節當説我來因縁。願闍梨 聽我所説。若阿闍梨聽。一切其所樂當説。闍 梨言8善哉。如法教誡。應當攝受。是故世尊 説偈 画像     以時而親近 令心無憍慢         梵行能護法 譬如樹無風         念法而修行 及法戲自樂         法住法分別 當説如實法         毀法不當行 綺語憂戲笑         瞋恚勿懈怠 忿恨貪慢癡         愛染9佷戻等 修行悉伏除         守義不自高 知善誠實語         爲定實知聞 若人輒放逸     画像     聞慧不増長 若人知正法         天人所恭敬 恭敬成信心         多聞能護法 令得所樂聞         如是諸功徳 隨法能修行         能生勝妙解 成就智慧人         若有如是師 當修不放逸 解脱道論卷第二

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