阿羅漢優波底沙(梁に言う、大光)造
梁の扶南三藏僧伽婆羅訳
五方便品之二
問う、云何が聖諦の方便なるや。答う、謂く四聖諦なり。苦聖諦・苦集聖諦・苦滅聖諦・苦滅道聖諦なり。
問う、云何が苦聖諦なるや。答う、生苦・老苦・死苦・憂苦・憂悲苦・惱苦・苦苦・怨憎會苦・愛別離苦・求不得苦、略を以て五受陰苦なり。
生苦とは、衆生の種類に於いて諸陰起こる。此れ一切苦の集の義なり。老苦とは、生ずるを以て諸界熟す。此れ力・色・諸根・念・慧を失うの義なり。死苦とは、壽命滅して畏怖を作すの義なり。憂苦とは、苦處に至りて心畏懼す。此れ内燒の義なり。憂悲苦とは、苦至りて語言す。此れ内外燒の義なり。苦苦とは、身苦なり、此れ苦を因として身とするの義なり。惱苦とは、心苦なり、此れ苦を因として心とするの義なり。怨憎會苦とは、愛す可からざる衆生と共に和合す。此れ苦を作すの義なり。愛別離苦とは、愛す可き衆生と共に分散し離別す。此れ憂苦を作すの義なり。求不得苦とは、愛す可からざる者と別離することを得んことを樂しみ、愛す可き者の和合を樂しむ。彼れ得ざれば樂を失うの義なり。已に略して五受陰苦を説くとは、五受陰の苦を離れず。是の故に略を以て五受陰苦とす。
問う、云何が五受陰なるや。答う、色受陰・痛受陰・想受陰・行受陰・識受陰なり。陰の方便の如く廣く説く。是の如く知る可し。
是に於いて二種の苦あり。處の苦と自性の苦となり。是に於いて、生苦・死苦・怨憎會苦・愛別離苦・求不得苦、略を以て五受陰苦、此れを處の苦と謂う。憂苦・憂悲苦・惱苦、此れを自性の苦と謂う。
三種の苦とは、苦苦・壞苦・行苦なり。是に於いて、身苦・心苦、是れを苦苦と謂う。有漏の樂受、彼の處の壞、是れを壞苦と謂う。五受陰の行苦、此れを苦聖諦と謂う。
問う、云何が苦集聖諦なるや。答う、愛、復た生ぜしめ、欲と共に起こり、處處に起こる。是の如く、欲愛・有愛・不有愛なり。此の愛、復た生ぜしむとは、有愛多く成りて有生の愛をして成ぜしむ。苦の集とは、唯だ愛のみ共ならざるが故に苦の集と説く。欲と共に起こるとは、唯だ愛のみ歡喜せしめ、起と名づく。染をして染と名づけしむ。共に染起し喜ぶ。起とは是れ處處に身性をして起こらしむ。是の處歡喜す。是の處愛す可き色なり。是の處歡喜す。是の如く、欲愛・有愛・非有愛なり。有愛及び不有愛を除く。餘の愛、是れ欲愛なり。有愛とは常見と共に起こる。非有愛とは斷見と共に起こる。此れを苦集聖諦と謂う。
問う、云何が苦滅聖諦なるや。答う、唯だ愛の滅のみ餘無し。捨て、遠離し、解脱して處無し。此れを苦滅聖諦と謂う。
問う、然らず。此れ亦た集の滅なり。何が故に世尊、苦の因の滅を説きたもうや。答う、苦の因滅するが故に不生の滅を成ず。證を作すべき義なり。是の故に集滅す。世尊、苦の滅を説きたもう。
問う、云何が苦滅道聖諦なるや。答う、此の八正分道なり。是の如く、正見・正思惟・正語・正業・正命・正精進・正念・正定なり。正見とは四諦の智なり。正思惟とは是れ三善思惟なり。正語とは四惡行を離る。正業とは是れ三惡行を離る。正命とは邪命を離る。正精進とは四正勤なり。正念とは四念處なり。正定とは四禪なり。
復た次に、若し聖道を修行すれば、泥洹に於いて知見す。此れを正見と謂う。唯だ泥洹に於いて覺するは是れ正思惟なり。彼の邪語を斷ずるは是れ正語なり。邪業を斷ずるは是れ正業なり。彼の邪命を斷ずるは是れ正命なり。邪精進を斷ずるは是れ正精進なり。泥洹に於いて念ずるは是れ正念なり。泥洹に於いて專心するは是れ正定なり。
是に於いて、慧根・慧力・慧如意足・擇法覺分、内に入りて正見を成ず。精進根・精進力・精進如意足・欲如意足・精進覺分・四正勤、内に入りて精進を成ず。念根・念力・念覺分・四念處、内に入りて正念を成ず。定根・定力・心如意足・信根・信力・定覺分・喜覺分・猗覺分・捨覺分、内に入りて正定を成ず。是の如く三十七菩提法、八正道の内に入りて成ず。此れを苦滅道聖諦と謂う。此れを四聖諦と謂う。
問う、何が故に四聖諦を説いて、三ならず五ならざるや。答う、一切の疑、世間の出世間の果の因の爲の故に四を成ず。
問う、云何が世諦の果、苦の集、世諦の因果なる。滅は出世諦の果なり。道は出世諦の因なり。是の故に四にして、三ならず五ならず。復た次に、應に知るべく、應に斷ずべく、應に證すべく、應に修すべし。四句を以ての故に四を成ず。
此の四聖諦、十一行を以て勝る可く知る可し。是の如く、句の義を以て、相を以て、次第を以て、略を以て、譬喩を以て、分別を以て、數を以て、一を以て、種種を以て、次第廣を以て、相攝を以てす。
問う、云何が句の義を以てするや。答う、聖諦とは、聖人の説く所、聖諦と名づく。彼れに通達するが故に聖諦を成ず。諦とは是の如きの義なり。異ならざるの義なり。自相異ならざるの義なり。苦とは果の義なり。集とは因の義なり。滅とは隨滅の義なり。道とは第一義を見るなり。是の如く句の義を以て知る可し。
問う、云何が相を以てするや。答う、苦とは過患の相なり。集とは因の相なり。滅とは不生の相なり。道とは方便の相なり。復た次に、苦とは逼惱の相・憂の相・有爲の相・有邊の相なり。集とは聚の相・因縁の相・和合の相・著の相なり。滅とは出離の相・寂寂の相・無爲の相・醍醐の相なり。道とは乘の相・到らしむるの相・見の相・依の相なり。是の如く異相知る可し。
問う、云何が次第を以てするや。答う、麁の義及び證の義を以て、初めに苦諦を説く。此の苦、此れを以て生ず、第二は集なり。此の集滅す、是れ此の苦の滅なり。第三は滅なり。此の方便を實の滅と爲す。第四に道を説く。明了の醫の如し。初めに病源を見、後に病の縁を問う。病を滅せんが爲の故に、病の如く藥を説く。是の如く病の如く苦知る可し。是の如く病の因縁の如く集知る可し。是の如く病の盡の如く脱の滅知る可し。是の如く藥の如く道知る可し。是の如く次第を以て知る可し。
問う、云何が略を以てするや。答う、生は是れ苦なり。生ぜしむるは是れ集なり。苦の止は是れ滅なり。止めしむるは是れ道なり。煩惱の處は是れ苦なり。煩惱は是れ集なり。煩惱を斷ずるは是れ滅なり。斷の方便は是れ道なり。苦は能く身見の門を起開す。集は能く斷見の門を起開す。滅は能く常見の門を起開す。道は能く邪見の門を起開す。是の如く略を以て知る可し。
問う、云何が譬喩を以てするや。答う、毒樹の如し、是の如く苦知る可し。種の如し、是の如く集知る可し。是の如く種を燒く。是の如く滅知る可し。火の如し、是の如く道知る可し。此の岸の如く苦有り怖畏有り。是の如く苦知る可し。流の如し、是の如く集知る可し。彼の岸の如く苦無く怖畏無し。是の如く滅知る可し。船の能く渡すが如し、是の如く道知る可し。擔を擔うが如し、是の如く苦知る可し。擔を取るが如し、是の如く集知る可し。擔を置くが如し、是の如く滅知る可し。擔を置く方便の如し、是の如く道知る可し。是の如く譬喩を以て知る可し。
(続く)
解脱道論巻第十一 書き下し文(続き)
問う、云何が分別を以て知る可きや。答う、四種の諦あり。語諦・各各諦・第一義諦・聖諦なり。是に於いて、實語を説いて不實に非ず。是れを語諦と謂う。各各の諦、大いに諸見に入る。此れを各各諦と謂う。彼の諦、比丘の妄語の愚癡の法なり。彼れ妄語せざる愚癡の法なり。是れ諦なり。泥洹は是れ第一義諦なり。是れ聖人の修行する所なり。是れ聖諦なり。此に於いて聖諦を樂しむ。是の如く分別を以て知る可し。
問う、云何が數を以て知る可きや。答う、愛を除き、三地の善・不善・無記の法、是れ苦諦なり。愛は是れ集諦なり。彼れを斷ずるは是れ滅諦なり。八分道は是れ道諦なり。復た次に、愛を除き、餘の煩惱、第三地の善・不善・無記の法、是れ苦諦なり。愛及び餘の煩惱は是れ集諦なり。彼れを斷ずるは是れ滅諦なり。道は是れ道諦なり。復た次に、愛を除き、餘の煩惱、一切の不善、三地の善・有記の法、是れ苦諦なり。愛及び煩惱と一切の不善とは是れ集諦なり。彼れを斷ずるは是れ滅諦なり。道は是れ道諦なり。復た次に、愛と煩惱と及び一切の不善とを除く。三地に於ける不善、三地に於ける無記の法、是れ苦諦なり。愛及び餘の煩惱及び一切の不善、三地に於ける善、此れ集諦なり。彼れを斷ずるは是れ滅諦なり。道は是れ道諦なり。
是に於いて、有の氣味を覓むるの義は是れ愛なり。集に結使有るの義、餘の煩惱は是れ集なり。斷ず可きの義を以て、有を起こさしむるの義を以て、一切の不善は是れ集なり。有を令むるの義を以て、三地の善法は是れ集なり。是に於いて、愛及び餘の煩惱は是れ集なり。一切の不善、三地に於ける及び善、或いは苦諦、或いは集諦なり。逼惱・憂・有爲・有邊の相なるが故に苦諦を成ず。聚・因縁・著・和合の相なるが故に集諦を成ず。是の如く數を以て知る可し。
問う、云何が一を以て知る可きや。答う、此の四諦、四行を以て一を成ず。諦の義を以て、如の義を以て、法の義を以て、空の義を以てす。是の如く一を以て知る可し。
問う、云何が種種を以て知る可きや。答う、二諦あり。世諦・出世諦なり。世諦とは、有漏・有結・有縛・有流・有厄・有蓋にして觸る可し。有取・有煩惱なり。所謂、苦及び集なり。出世諦とは、無漏・無結・無縛・無流・無厄・無蓋にして觸る可からず。無取・無煩惱なり。所謂、滅・道なり。三諦は有爲なり。滅諦は無爲なり。三諦は無色なり。苦諦は有色・無色なり。集諦は不善なり。道諦は善なり。滅諦は無記なり。苦諦は善・不善・無記なり。苦諦は知る可し。集諦は斷ず可し。滅諦は證す可し。道諦は應に修すべし。是の如く種種を以て知る可し。
問う、云何が次第廣を以てするや。答う、一種を以てす。有識の身は是れ苦なり。我慢を集む。彼れを斷ずるは是れ滅なり。身念は是れ道なり。二種を以てす。名色は是れ苦なり。是れ無明の有愛は是れ集なり。彼れを斷ずるは是れ滅なり。奢摩他・毘婆舍那は是れ道なり。三種を以て成ず。所謂、苦苦は是れ苦諦なり。三不善根は是れ集なり。彼れを斷ずるは是れ滅なり。戒・定・慧は是れ道なり。四種を以て成ず。四身性處は是れ苦なり。四顛倒は是れ集なり。顛倒を斷ずるは是れ滅なり。四念處は是れ道なり。五種を以て成ず。五趣は是れ苦なり。五蓋は是れ集なり。蓋を斷ずるは是れ滅なり。五根は是れ道なり。六種を以て成ず。六觸入は是れ苦なり。六愛身は是れ集なり。愛身を斷ずるは是れ滅なり。六出離法は是れ道なり。七種を以て成ず。七識住は是れ苦なり。七使は是れ集なり。七使を斷ずるは是れ滅なり。七菩提分は是れ道なり。八種を以て成ず。八世間法は是れ苦なり。八邪邊は是れ集なり。八邪邊を斷ずるは是れ滅なり。八正分は是れ道なり。九種を以て成ず。九衆生居は是れ苦なり。九愛根法は是れ集なり。彼れを斷ずるは是れ滅なり。九正作意根法は是れ道なり。十種を以て成ず。十方行は是れ苦なり。十結使は是れ集なり。結を斷ずるは是れ滅なり。十想は是れ道なり。是の如く次第廣を以て知る可し。
問う、云何が攝を以てするや。答う、三種の攝あり。陰攝・入攝・界攝なり。是に於いて、苦諦は五陰の所攝なり。集諦及び道諦は行陰の所攝なり。滅諦は陰の所攝に非ず。苦諦は十二入の所攝なり。三諦は法入の所攝なり。苦諦は十八界の所攝なり。三諦は法界の所攝なり。是の如く攝を以て知る可し。此の行を以て聖諦に於いて知りて起こさしむ。此れを聖諦の方便と謂う。
聖諦方便已に竟る
解脱道論分別諦品第十二之一
爾の時、坐禪の人、已に陰・界・入・因縁・諦を明了し、已に戒・頭陀・禪を聞くことを得。凡夫を以て未だ解脱せず、惡趣を怖畏す。已に惡趣の怖を觀じ、已に無始の生死の怖を觀じ、已に一刹那も得可からざるを觀じ、已に三百の鉾刺の喩を觀じ、已に燒頭の愛の喩を觀ず。未だ四聖諦を分別せず。聖諦を分別せんが爲に、當に方便を作すべし。當に欲を作すべし。當に勇猛精進を作すべし。專心の縁念の具足、應に滿たしむべし。
問う、云何が當に作すべきや。答う、彼の坐禪人、初めに四聖諦を當に聞くべし。或いは略を以て、或いは廣を以て、或いは略廣を以てす。聞を以て、義を以て、誦を以て、當に受持すべし。是の時、坐禪人、寂寂に入り、坐して亂れざる心、去來せざる心にして、四聖諦、應に起こさしむべし。初めに苦諦、應に起こさしむべし。或いは陰を以て、或いは入を以て、或いは界の陰の法を以てす。自相を以て、陰の相を以て、應に起こさしむべし。陰の方便の廣く説くが如し。是の如く知るべし。入は入の相を以て應に起こさしむべし。入の方便の廣く説くが如し。是の如く知るべし。界は界の相を以て應に起こさしむべし。界の方便の廣く説くが如し。是の如く知るべし。
彼の坐禪人、是の如く已に陰・入・界、唯だ陰・入・界有り、衆生無く命無し。已に起こさしめ、已に行の想を得。爾の時、已に略して二種をして起こさしむ。所謂、名色なり。是に於いて、色陰・十入・十界は色なり。四陰・意入・七界は是れ名なり。法入・法界は、或いは名、或いは色なり。餘の名は餘の色なり。餘の名、餘の色とは、色を以て空なり。色とは名を以て空なり。名とは色を以て離れず。色とは名を以て離れず。鼓の聲の如く、唯だ名色に依りて生ず。色に依りて名生ず。盲と跛との遠行するが如し。
問う、名色とは何の差別ぞや。答う、名とは身無し。色とは身有り。名とは知る所有り。色とは知る所無し。名とは輕く轉ず。色とは遲く轉ず。名に聚無く、色に聚有り。名とは覺知し思識す。色は此れ無し。色とは行じ倚り坐し臥し屈し申ぶ。名は此れ無し。名とは知る、我行く、我倚る、我坐す、我臥す、我屈す、我申ぶと。色は此れ無し。色とは飮み食い噉み甞む。名は此れ無し。名とは知る、我飮む、我食う、我噉む、我甞むと。色は此れ無し。色とは拍ち戲れ笑い啼き種種に言説す。名は此れ無し。名とは知る、我拍つ、我笑う、我戲る、我啼く、我種種に言説すと。色は此れ無し。名色の差別を謂う。
彼の坐禪人、是の如く名色、唯だ名色を以てし、衆生無く命無し。已に起こさしめ、已に行の想を得。爾の時、一切を略を作して、苦諦とは起こさしめ、如實に知見し清淨ならしむ。名色を起こさしむ。此れ總じて苦諦を起こさしむと語る、知る可し。
彼の坐禪人、是の如く已に苦諦を起こさしめ、衆生の想を作す。此の苦の因縁より應に觀ずべし。
問う、此の苦、何の因縁ぞ、何の集ぞや。答う、彼の坐禪人、是の如く知る。此の苦、生を因縁と爲す。生は有を因縁と爲す。有は取を因縁と爲す。取は愛を因縁と爲す。愛は受を因縁と爲す。受は觸を因縁と爲す。觸は六入を因縁と爲す。六入は名色を因縁と爲す。名色は識を因縁と爲す。識は行を因縁と爲す。行は無明を因縁と爲す。是の如く、無明、行を縁ず。行、識を縁ず。生、老死を縁ず。憂悲苦惱を成ず。是の如く、悉く苦陰の成起なり。
彼の坐禪人、是の如く因縁の所縛を以て廣く觀ず。爾の時、略を作して、此れ受、愛を縁ず。彼の苦の集、起こさしむ。或いは法住智なり。或いは聖、因縁を取る智なり。或いは疑を離るる清淨なり。此れ衆の語言なり。集諦、智を起こさしむ。
彼の坐禪人、苦の集を起こさしむるを以て、三昧に於いて已に疑を度す。爾の時、苦の滅を觀ず。誰か滅して苦の滅と爲す。誰か滅して此の苦の滅と爲す。彼の坐禪人、是の如く知る。生より滅して此の苦滅す。生より滅して有滅す。有より滅して取滅す。取より滅して愛滅す。無明より滅して行滅す。是の如く、無明より滅して行滅す。行より滅して識滅す。生より滅して老死・憂悲・苦惱滅す。是の如く此の一切の苦陰、滅を成ず。
彼の坐禪人、是の如く因縁の所縛の滅、已に廣く已に觀ず。爾の時、略を作して、此れ受、愛を縁ず。彼れより滅して苦滅す、滅諦を起こさしむ。
彼の坐禪人、是の如く已に滅諦を起こさしむ。爾の時、苦の滅の道を觀ず。何の道ぞ、何の具足ぞ、愛の滅と爲すや。彼の坐禪人、是の如く知る。五受陰に於いて過患を觀ず。此の道、此の具足、愛の滅と爲す、道諦を起こさしむ。諦の方便の廣く説くが如し。是の如く知る可し。
彼の坐禪人、是の如く次第を以て已に四諦を起こさしむ。爾の時、五受陰に於いて、一百八十の法を以て、次第、聚を以て分別し觀ず。所有の色、過去・未來・現在、或いは内、或いは外、或いは大、或いは小、或いは麁、或いは妙、或いは遠、或いは近、一切の色、無常を以て廣く觀ず。廣く觀じて苦とす。廣く觀じて無我とす。是の如く、所有の受、所有の想、所有の行、所有の識、一一の陰に十二の法門、五陰に於いて五十二、六十を成ず。六十の無常見、六十の苦見、六十の無我見、一百八十を成ず。
復た次に、一百八十の法門あり。六内入・六外入・六識身・六觸身・六受身・六想身・六思身・六愛身・六覺・六觀、此の十六、六十を成ず。六十の無常見、六十の苦見、六十の無我見、三六十、一百八十を成ず。
彼の久遠の年時・日月・月半・日夜・時・念・刹那、迴轉の法行を以て新故を成ず。燈の焔の相續の如く轉を成ず。無常を以て行に於いて分別し觀ず。惡趣に以て苦を受け、飢渇し怖畏し、求覓し、愛別離し、老病死し、憂悲苦惱す。此の行、相應し相續す。苦を以て行に於いて觀じ分別す。陰・入・界・因縁・諦・業の果報の因縁より生ぜしむる所の所生、衆生無く、不動無く、事無く、自性の行、起を成ず。無我を以て觀に於いて分別す。行の色に於いて無常なり。滅の義を以てす。苦を以て怖の義とす。無我、不實の義なり。略を作して廣く分別するを以てす。是の如く、受・想・行・識、無常は滅の義なり。苦とは怖の義を以てす。無我は不實の義を以てす。是の如く略を作して廣く分別す。
是に於いて、無常を以て已に分別すれば常の想を除く。苦を以て分別すれば樂の想を除く。無我を以て分別すれば我の想を除く。
(続く)
解脱道論巻第十一 書き下し文(続き)
問う、云何が無常を以て廣く分別するや。答う、如實に一切の諸行を見る。有爲の邊無く、滅を邊と爲す。無相に於いて或いは心を起こさしむ。無相界に於いて心を安んず。是の故に無常を以て廣く分別す。
問う、云何が苦を以て分別するや。答う、一切の諸行に於いて心をして怖畏せしむ。作願より心を起こさしむ。無作願に於いて心を安んず。是の故に苦を以て廣く分別す。
問う、云何が無我を以て廣く分別するや。答う、一切の法を見る。他より、此の執より心を起こさしむ。空界に於いて心を安んず。是の故に無我を以て廣く分別す。是の如く三有・五趣・七識住・九衆生居を分別す。滅を以て、怖畏を以て、無實を以て之を觀ず。
分別智已に竟る
彼の坐禪人、五受陰に於いて、已に三相に於いて分別し、諸行を斷ぜんことを樂しみ入らんと欲す。爾の時、現在の内の五受陰、彼の相を取りて起滅を通達せしむ。是の如く、此の法、無生を以て生を現ず。生滅を以て、是の如く通達す。
是に於いて、相を取るとは、相を取ること三種あり。煩惱の相を取る。定の相を取る。毘婆舍那の相を取る。是に於いて、愚癡の凡夫、見聞覺知の境界に於いて、樂・常の想の顛倒する所を以て成ず。初心、好を以て相を取る。此に於いて煩惱に著す。蛾の燈に投ずるが如し。此れを煩惱の相を取ると謂う。
問う、云何が定の相を取るや。答う、此の坐禪人に於いて、定を得んことを樂しみ、念正智の所を以て、初心、三十八行にして、一一の行に於いて相を取りて心を繋く。亂れざらんが爲の故に、象を繋ぐが如し。此れを定の相を取ると謂う。
問う、云何が毘婆奢那の相を取るや。答う、常に觀ずる人、慧の所を以て、初心、色・受・想・行・識、各各其の自相を分別す。彼の相を捨て修せんことを樂欲す。毒蛇を捉うるが如し。此れを毘婆奢那の相を取ると謂う。此に於いて毘婆奢那の相を取るは樂しむ可し。
問う、云何が受・想・行・識の相を取るや。答う、彼の色の識の相、或いは地界を以てし、或いは水界を以てし、或いは火界を以てし、或いは風界を以てし、或いは眼入、或いは身入なり。是の如く彼の受の受の相を觀ず。或いは樂と爲し、或いは苦と爲し、或いは不苦不樂と爲す。是の如く觀ず。彼の想の想の相、或いは色の想と爲し、或いは法の想と爲す。是の如く觀知す。行の行の相、或いは觸と爲し、或いは思と爲す。或いは覺と爲し、或いは觀と爲す。或いは作意と爲す。是の如く觀ず。彼の識の識の相、或いは眼識、或いは意識なり。是の如く觀ず。
彼の坐禪、是の如く善く彼の相を取る。善く起こさしむるを以て、起こさしむ。是の如く色・受・想・行・識の相を取る。
復た次に、二行を以て心の相を取る。事を以て、作意を以てす。
問う、云何が事を以て心の相を取るや。答う、此の事を以て我が心起こる。當に彼を觀ずべし。此の色の受の事を以て、此の想の事を以て、此の行の事を以て、此の識の事を以て、我が心起こる。是の如く當に觀ずべし。彼れ是の如く事を以て心の相を取る。
問う、云何が作意を以て心の相を取るや。答う、是の如く我、色を作意すれば此の心起こる。是の如く當に觀ずべし。是の如く我、受・想・行を作意すれば我が心起こる。是の如く當に觀ずべし。是の如く已に作意もて心の相を取る。
問う、云何が彼の相、善く取るを成ずや。答う、是の行を以て、是の相を以てす。色・受・想・行・識の想、觀を成ずるを以てす。若し復た更に彼の相を觀ずるに堪えば、此の行を以て、此の相を以てす。是れを彼の相、善く取るを成すと謂う。
起滅を通達するとは、起有り、滅有り。起滅の通達有り。是に於いて、色已に生じ現在す。彼の生相は起なり、變相は滅なり。彼の二句、慧眼を以て見る。起滅を通達す。受已に生じ、現在の受・想・行・識、彼の生相は起なり、變相は滅なり。彼の二句、慧眼を以て見、起滅を通達す。
復た次に、三行を以て起の相を通達す。三行を以て滅の相を通達す。是の如く、因を以て、縁を以て、自味を以てす。
問う、云何が因を以て起の相を通達するや。答う、愛・無明・業、是の因、陰の起と爲す。慧眼を以て見る。因を以て起の相を通達す。
云何が縁を以て起の相を通達するや。食の縁、色陰の起と爲す。觸の縁、三陰の起と爲す。名色の縁、識陰の起と爲す。慧眼を以て見る。縁を以て起の相を通達す。
問う、云何が自味を以て起の相を通達するや。答う、燈の焔の相續、間無きが如し。初後、新新に行起こる。相を以て慧眼を以て見る。自味を以て起の相を通達す。
是に於いて、因を以て、起を以て見る。集諦の相を以て見を成ず。起の覺を以て、縁を以て、自味を以て、起を見る。苦諦、相を以て所見を成ず。刹那得可からざるの覺を以てす。是の如く三行を以て起の相を通達す。
問う、云何が三行を以て滅の相を通達するや。答う、因の滅を以て、縁の滅を以て、自味の滅を以てす。是に於いて、愛の滅を以て、無明の滅を以て、業の滅を以て、陰、滅を成ず。慧眼を以て見る。因の滅を以て滅の相を通達す。食の滅を以て色陰、滅を成ず。觸の滅を以て三陰、滅を成ず。名色の滅を以て識陰、滅を成ず。慧眼を以て見る。縁の滅を以て滅の相を通達す。燈の焔の相續、間無きが如し。初めに滅の行有り。慧眼を以て見る。自味を以て滅の相を通達す。
是に於いて、因の滅もて滅諦を見る。相を以て所見を成ず。無生の相の覺を以て、縁の滅を以て、自味を以て滅を見る。苦諦の相を以て初めて見を成ず。刹那得可からざるの覺を以てす。
問う、若し起滅を以て苦諦を見る。相もて見を得るに、何が故に上の智、當に起こるべきや。答う、何ぞ起の滅を見るを用いんや。苦諦の相を以て見を得るに、未だ見ざる。彼の苦、成滿す。乃ち諸行の過ぎ盡くるに至る。如實に已に見る。行の相より已に心を起こさしむ。非行の心に於いて度を成ず。如實に已に諸行の過患を見る。行の相より已に心を起こさしむ。非行に於いて度を成ず。是の處に見、苦の成滿を見る。邊に往くが故に。猶お飛鳥の火に圍まるるが爲に、未だ怖畏を免れざるが如し。若し未だ虚空に至らざれば、火の圍の過患を見る。飛んで虚空を成ず。是の時、彼れ火の怖の圍を見ること成滿す。是の如し。是に於いて知る可し。
是に於いて、因を以て、縁を以て、起を見るは、因縁の起の相を通達するを成ず。此れ有れば此れ起こる。此れ起こるが故に此れ起を成ず。因滅するが故に及び縁滅するが故に、滅を見るに因縁の生相を通達するを成ず。此れ無ければ此れ成ぜず。此れ滅するが故に此れ滅す。自味を以て起滅を以て見、已に起を成ずるを通達す。因縁の法・有爲の法の起を知る。彼の起、知るを得。彼の滅も亦た知る。彼の住も亦た知る。是の如く起滅を以て見、四法、知る所を成ず。是の如く一相の法・種種の法・無事の法・正法なり。
是に於いて、一相續の所に著する諸行、起を以て、彼れ見れば執を成ぜず。種種なり。初後に轉ずる諸行、彼の滅を以て見れば一執を成ぜず。自性離れ、無動の諸行、初後を以て見れば我執を成ぜず。因縁の所に轉ずる初後の諸行、是の如く法を以て見れば無事の執を成ぜず。無聞の凡夫、一を以て覺せず、常斷を説く。種種を以て覺せず、常を説くを成ず。無事を以て覺せず、我を説くを成ず。是の如く法を以て覺せず、無事を説くを成ず。
是に於いて、平等の語言を以て、一相を以て勝の語言とす。種種の相もて攝して一相を成ず。分別の義を以て種種を成ず。煩惱の義を以て一性を成ず。方便の義を以て種種の性を成ず。愛の果を以て一性を成ず。業の果を以て種種の性を成ず。
彼の坐禪人、是の如く一性を見れば、此に於いて種種を執せず。種種の性を見れば、若し常見の一性を見れば、若し一性を現見すれば、餘を作し餘を覺す、此の見を除く。若し種種の性を現見すれば、彼れを作し彼れを覺す、此の見を除く。若し一性を現見すれば、此の斷見を除く。若し種種の性を現見すれば、此の常見を除く。
彼の坐禪人、是の如く起滅を以て一性・種種の性を見る。法明、何を以て起こるや。起を現じ、諸行を見、彼の無事なり。何が故に一切の諸行、無事にして不動なる。餘の所に起こりて住する無し。自性の因縁の和合集に住す。因縁と爲す。是の如く止の法、生ぜしめ生ぜしむるを以てす。
是に於いて、無命の義及び不動の義を以て、無事の法知る可し。自性の義及び縁の義を以て、是の如く止の法知る可し。空・無事を現ぜしむ。業の所作を現ぜしむ。是の如く止の法、無事の名の法を現ぜしむ。是の如く止の法を現ぜしむるを行と名づく。
是に於いて、一性の法を以て苦の相を覺す、通達を成ず。種種の性を以て無常の相を覺す、通達を成ず。無事の法を覺す。是の如く止の法を以て覺す、無我の相の通達を成ず。
問う、彼の坐禪人、一切の諸行、餘處無きを以て起滅を觀ずるや、一處當に觀ずべきや。答う、初めの諸行の處、其の相を取りて、起滅を通達す。餘處無し。一切の諸行をして滿たしむ。人の大海に於いて一處、舌を以て水を舐むるが如し。即ち一切の水の醎きを知る。是の如く此に於いて知る可し。
二行を以て諸行をして滿たしむ。事を以て、愚癡ならざるを以てす。是に於いて、諸行、其の相を取りて、生滅を通達す。彼の諸行、其の事を以て成滿す。是に於いて、無智を斷ずるが故に、餘の諸行、愚癡ならざるを以て成滿す。
是に於いて、起滅の智、是れ諸行の分別智なり。一切の諸行、起を以て初邊を成して分別す。滅を以て後邊を成して分別す。起を以て初邊を成して寂寂とす。滅を以て有邊を成して寂寂とす。起を以て起より初め無し。滅を以て滅より後無し。是の故に起滅の智、諸行の分別智を成ず。
起滅智已に竟る
彼の坐禪人、是の如く正しく生滅の相を見、善く諸行を分別す。滅を得んことを樂しみ、定を樂しむ。爾の時、生を觀ずることを作意せず。唯だ心の滅を見る。色の事を以て、心の生滅を以て、彼の事に依りて心の滅を見る。是の如く受を以て持す。想の事を以て、行の事を以て、識の事を以て、心の生滅を以て、彼の事に依りて心の生滅を見る。
復た次に、三行を以て滅を見る。是の如く聚を以て、雙を以て、分別を以てす。
問う、云何が聚を以てするや。答う、威儀に於いて、威儀の所に起こる心心數法、其の處に於いて聚を以て彼の滅を見る。復た次に、已に色の無常、受の無常、想の無常、行の無常、識の無常を觀ず。爾の時、無常の事の所に起こる心心數法、聚を以て彼の滅を見る。是の如く苦の事、無我の事を以てす。是の如く聚を以て當に見るべし。
問う、云何が雙を以てするや。答う、此の色の無常、已に觀じ、無常なり。無常に隨う事、心を起こし、心の生滅を見る。是の如く受・想・行・識の無常、已に觀ず。無常の事に隨う、心を起こし、生滅を見る。是の如く已に苦の事、已に無我の事なり。是の如く雙を以て當に觀ずべし。
問う、云何が分別を以てするや。答う、已に此の色の無常を觀ず。無常の事に隨う、心を起こし、心の生滅を見る。是の如く分別もて觀じ、多くの心の滅を見る。是の如く受・想・行・識の無常を觀ず。無常の事に隨う、心を起こし、心の生滅を見る。是を以て心の滅を見、復た滅を見る。是の如く分別を以て多くの心の滅を見る。是の如く苦を觀じ、無我を觀ず。是の如く已に分別す。
唯だ彼の滅を觀ずるを現ず。其の彼の苦の滅の事、專を成ず。常に諸行の刹那を覓む、利を得るを成ず。彼の坐禪人、此の慧を以て他の縁に非ず。一切の世間を見る。自性を以て芥子の頭に到るが如し。一心の刹那に於いて生老死變す。爾の時、坐禪人、復た是の如く見る。偈に説く所の如し。
(続く)
解脱道論巻第十一 書き下し文(続き)
此の雙、名色の性、展轉して一に滅す
句滅し縁して彼れ滅す、及び彼の因の所生
陰は無常の滅法なり、苦生の法、滅法なり
桴もて鼓を打つ聲の如し、亦た眼より生ぜず
色香等の五法も、亦た色より生ぜず
亦た二句を離れず、縁に依りて生ずる有爲なり
桴もて鼓を打つ聲の如し、亦た耳より生ぜず
色香等の五法も、亦た聲より生ぜず
亦た二句を離れず、亦た鼻より生ぜず
色香等の五法も、亦た香より生ぜず
亦た二句を離れず、亦た舌より生ぜず
色香等の五法も、亦た味より生ぜず
亦た二句を離れず、亦た身より生ぜず
色香等の五法も、亦た觸より生ぜず
亦た二句を離れず、處の色より生ぜず
法入より出でず、因縁に依り生に依る
桴もて鼓を打つ聲の如し、彼の根最も羸出す
初因も亦た最も羸し、彼の因も亦た最も羸し
所起の彼も亦た羸し、地を共にす此れ最も羸し
相應も亦た最も羸し、和合も亦た最も羸し
展轉して此れ常に羸し、展轉の法住せず
亦た性の展轉無し、能く起こさしむる有ること無し
起こさしむる彼れも亦た無し、乾闥婆の城の如し
是れ誰か初めて起こさしむる、自身の生を以てせず
自力の住を以てせず、他の法に隨いて生ずるに由る
諸の有漏の法を生ず
自體臝劣にして自ら生ぜず、亦た自ら因とせず自ら事とせず
有爲の處たらず自性たらず、自性の行の相の諸有たらず
自身を生ぜんが爲に臝として時無し、從り來たる所無く行く所無し
處に生ずる所無くして他國と爲す、心に我が所・命・身の性無し
一心の苦樂、相應すること速やかなり、刹那、山海、八萬劫なり
一たび住して再びせず二心無し、相應して過去及び當に滅すべし
現在住す一切の彼の諸陰、此れ等已に去りて間失無し
未來當に彼の間に於いて失すべし、已に沒して異相起こること無し
生ぜざるを以ての故に現在生ず、心より失するより世間無し
第一義の中に去來無し、未來聚無くして唯だ轉生す
住すること芥子の如く諸法を生ず、彼の法滅し已りて是れ其の初めなり
世間、法を以て初め雜えず、去來を見ず生を見ず
諸法生ぜず虚空の如し、猶お電の起こりて須臾に滅するが如し
彼の坐禪人、是の如く滅を見て無盡の定に入る。火を鑚りて烟起こるが如し。菩提品、刹那刹那に起こる。光明の智起こる。喜・猗・樂・取・解脱・念處起こる。捨・出離、是に於いて明了ならず。坐禪人、彼の法に於いて或いは亂を起こし、或いは增上慢を起こす。
問う、云何が亂を除かんや。答う、彼の坐禪人、法に於いて喜を起こす。彼の喜、復た更に安ならしむ。是の如く彼の坐、復た更に安ならしむ。其の心、法調の所攝を成ず。若し法調の所攝の心ならば、滅觀より其の心を定む。常を離る。難く常に通達す。是の如く離れ去る。
問う、云何が增上慢を起こすや。答う、彼の坐禪人、法に於いて初めて光の相を起こす。出世間の法を得たり。未だ得ざるに於いて得の相を成ず。常に更に精進を作さず。是の如く增上慢起こる。
明了の坐禪人、此の煩惱は是れ定の亂なりと知る。世間の法、行の事なりと知る。是の如く出世間の法、泥洹の事なりと知る。是の如く知り已りて、是の如き智もて亂を除き、增上慢を除く。唯だ滅を見る、是れ善く修行し多く修す。
觀滅智已に竟る
解脱道論巻第十一(終)
解脱道論卷第十
阿羅漢優波底沙(梁言大光)造 梁扶南三藏僧伽婆羅譯
五方便品第十一之二
問: 云何聖諦方便。 答: 謂四聖諦。苦聖諦。苦集聖諦。苦滅聖諦。苦滅道聖諦。
【苦聖諦】
問: 云何苦聖諦。 答: 生苦、老苦、死苦。憂苦、憂悲苦、惱苦。苦苦、怨憎會苦、愛別離苦、求不得苦。以略五受陰苦。
- 苦の定義:
- 生苦者: 於衆生種類諸陰起。此一切苦集義。
- 老苦者: 以生諸界熟。此失力色諸根念慧義。
- 死苦者: 壽命滅作畏怖義。
- 憂苦者: 至苦處心畏懼。此内燒義。
- 憂悲苦者: 苦至語言。此内外燒義。
- 苦苦者: 身苦此因苦身義。
- 惱苦者: 心苦此因苦心義。
- 怨憎會苦者: 與不可愛衆生共和合。此作苦義。
- 愛別離苦者: 與可愛衆生共分散離別。此作憂苦義。
- 求不得苦者: 樂得與不可愛別離、樂可愛和合。彼不得失樂義。
- 已略説五受陰苦者: 不離五受陰苦。是故以略五受陰苦。
問: 云何五受陰。 答: 色受陰、痛受陰、想受陰、行受陰、識受陰。如陰方便廣説。如是可知。
- 苦の分類:
- 二種苦: 處苦、自性苦。
- 處苦: 生苦、死苦、怨憎會苦、愛別離苦、求不得苦、以略五受陰苦。
- 自性苦: 憂苦、憂悲苦、惱苦。
- 三種苦: 苦苦、壞苦、行苦。
- 苦苦: 身苦心苦。
- 壞苦: 有漏樂受彼處壞。
- 行苦: 五受陰行苦。
- 二種苦: 處苦、自性苦。
此謂苦聖諦。
【苦集聖諦】
問: 云何苦集聖諦。 答: 愛令復生。與欲共起。處處起。如是欲愛、有愛、不有愛。
- 愛の働き:
- 此愛令復生者: 有愛多成令有生愛。
- 苦集者: 唯愛不共故説苦集。
- 與欲共起者: 唯愛令歡喜名起。令染名染。共染起喜。
- 起者: 是處處令身性起。是處歡喜。是處可愛色。是處歡喜。
- 三愛:
- 如是欲愛、有愛、非有愛。
- 欲愛: 除有愛及不有愛。餘愛是欲愛。
- 有愛者: 與常見共起。
- 非有愛者: 與斷見共起。
此謂苦集聖諦。
【苦滅聖諦】
問: 云何苦滅聖諦。 答: 唯愛滅無餘。捨遠離解脱無處。此謂苦滅聖諦。
問: 不然此亦集滅。何故世尊説苦因滅。 答: 苦因滅故成不生滅。應作證義。是故集滅。世尊説苦滅。
【苦滅道聖諦】
問: 云何苦滅道聖諦。 答: 此八正分道。如是正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念、正定。
- 八正道の内容:
- 正見者: 四諦智。
- 正思惟者: 是三善思惟。
- 正語者: 離四惡行。
- 正業者: 是離三惡行。
- 正命者: 離邪命。
- 正精進者: 四正勤。
- 正念者: 四念處。
- 正定者: 四禪。
- 涅槃との関係:
- 復次若修行聖道。於泥洹知見、此謂正見。
- 唯於泥洹覺是正思惟。
- 彼斷邪語是正語。
- 斷邪業是正業。
- 彼斷邪命是正命。
- 斷邪精進是正精進。
- 於泥洹念是正念。
- 於泥洹專心是正定。
- 三十七菩提分法との関係:
- 正見: 慧根、慧力、慧如意足、擇法覺分。成入内正見。
- 正精進: 精進根、精進力、精進如意足、欲如意足、精進覺分、四正勤。成入内精進。
- 正念: 念根、念力、念覺分、四念處。成入内正念。
- 正定: 定根、定力、心如意足、信根、信力、定覺分、喜覺分、猗覺分、捨覺分。成入内正定。
如是三十七菩提法。成入八正道内。此謂苦滅道聖諦。
【四聖諦総論】
此謂四聖諦。
問: 何故説四聖諦不三不五。 答: 一切疑。爲世間出世間果因故成四。 問: 云何世諦果苦集世諦因果。滅出世諦果。道出世諦因。 答: 是故四不三不五。復次應知、應斷、應證、應修。以四句故成四。
此四聖諦以十一行可勝可知。如是:以句義、以相、以次第、以略、以譬喩、以分別、以數、以一、以種種、以次第廣、以相攝。
- 以句義:
- 聖諦: 聖人所説名聖諦。通達彼故成聖諦。
- 諦: 如是義。不異義。自相不異義。
- 四諦: 苦者果義。集者因義。滅者隨滅義。道者見第一義。
- 以相:
- 苦: 過患相、逼惱相、憂相、有爲相、有邊相。
- 集: 因相、聚相、因縁相、和合相、著相。
- 滅: 不生相、出離相、寂寂相、無爲相、醍醐相。
- 道: 方便相、乘相、令到相、見相、依相。
- 以次第:
- 以麁義及證義。初説苦諦。此苦以此生第二集。此集滅是此苦滅。第三滅。此方便爲實滅。第四説道。
- 医者の譬喩: 如明了醫。初見病源(苦)、後問病縁(集)。爲滅病故如病説藥。如是病如苦可知。如是病因縁如集可知。如是病盡如脱滅可知。如是藥如道可知。
- 以略:
- 生是苦。令生是集。苦止是滅。令止是道。
- 煩惱處是苦。煩惱是集。斷煩惱是滅。斷方便是道。
- 苦能起開身見門。集能起開斷見門。滅能起開常見門。道能起開邪見門。
- 以譬喩:
- 苦如毒樹、集如種、滅如燒種、道如火。
- 苦如彼岸有怖畏、集如流、滅如彼岸無怖畏、道如船能渡。
- 苦如擔擔、集如取擔、滅如置擔、道如置擔方便。
- 以分別:
- 四種諦:語諦、各各諦、第一義諦、聖諦。
- 語諦: 説實語非不實。
- 各各諦: 於各各諦大入諸見。
- 第一義諦: 泥洹者是第一義諦。
- 聖諦: 是聖人所修行。
- 以數:
- 三地善不善無記法: 除愛於三地善不善無記法是苦諦。愛是集諦。斷彼是滅諦。八分道是道諦。
- 愛及餘煩惱: (様々な組み合わせによる四諦の分類)
- 以一:
- 此四諦以四行成一。以諦義、以如義、以法義、以空義。
- 以種種:
- 二諦: 世諦、出世諦。
- 世諦: 有漏等(苦及集)。
- 出世諦: 無漏等(滅道)。
- 三諦有爲、滅諦無爲。
- 三諦無色、苦諦有色無色。
- 集諦不善、道諦善、滅諦無記、苦諦善不善無記。
- 苦諦可知、集諦可斷、滅諦可證、道諦應修。
- 二諦: 世諦、出世諦。
- 以次第廣:
- 一種: 有識身是苦。集我慢。斷彼是滅。身念是道。
- 二種: 名色是苦。是無明有愛是集。斷彼是滅。奢摩他毘婆舍那是道。
- 三種: 苦苦是苦諦。三不善根是集。斷彼是滅。戒定慧是道。
- 四種: 四身性處是苦。四顛倒是集。斷顛倒是滅。四念處是道。
- 五種: 五趣是苦。五蓋是集。斷蓋是滅。五根是道。
- 六種: 六觸入是苦。六愛身是集。斷愛身是滅。六出離法是道。
- 七種: 七識住是苦。七使是集。斷七使是滅。七菩提分是道。
- 八種: 八世間法是苦。八邪邊是集。斷八邪邊是滅。八正分是道。
- 九種: 九衆生居是苦。九愛根法是集。斷彼是滅。九正作意根法是道。
- 十種: 十方行是苦。十結使是集。斷結是滅。十想是道。
- 以攝:
- 三種攝:陰攝、入攝、界攝。
- 苦諦五陰所攝。集諦及道諦行陰所攝。滅諦非陰所攝。
- 苦諦十二入所攝。三諦法入所攝。
- 苦諦十八界所攝。三諦法界所攝。
以此行於聖諦知令起。此謂聖諦方便。 聖諦方便已竟
解脱道論分別諦品第十二之一
爾時坐禪人。已明了陰界入因縁諦。已得聞戒頭陀禪。以凡夫未解脱怖畏惡趣。已觀惡趣怖。已觀無始生死怖。已觀一刹那不可得。已觀三百鉾刺喩。已觀燒頭愛喩。未分別四聖諦。爲分別聖諦。當作方便。當作欲。當作勇猛精進。專心縁念具足應令滿。
問: 云何當作。 答: 彼坐禪人初四聖諦當聞。或以略或以廣或以略廣。以聞以義以誦當受持。
1. 令起(聖諦の観想): 是時坐禪人入寂寂。坐不亂心不去來心。四聖諦應令起。
- 苦諦令起: 初苦諦應令起。或以陰或以入或以界陰法。以自相以陰相應令起。彼坐禪人、如是已陰入界。唯有陰入界。無衆生無命。已令起已得行想。爾時已略作二種令起。所謂名色。
- 名色分別: 名者無身、色者有身。名者有所知、色者無所知。名者輕轉、色者遲轉。名者知我行等、色無此。
- 名色無我: 唯以名色無衆生無命。
- 知見清淨: 爾時一切作略。苦諦者令起如實知見清淨。令名色起。此總語苦諦令起可知。
- 集諦令起: 彼坐禪人如是已令起苦諦。作衆生想。從此苦因縁應觀。
- 十二因縁: 此苦生爲因縁… 無明縁行… 如是悉苦陰成起。
- 略観: 此受縁愛。彼苦集令起。或法住智。或聖取因縁智。或離疑清淨。
- 滅諦令起: 彼坐禪人以令起苦集。於三昧已度疑。爾時觀苦滅。誰滅爲苦滅誰。
- 逆観: 從生滅此苦滅… 從無明滅行滅… 如是此一切苦陰成滅。
- 略観: 此受縁愛。從彼滅苦滅令起滅諦。
- 道諦令起: 彼坐禪人如是已令起滅諦。爾時觀苦滅道。何道何具足爲愛滅。
- 観過患: 於五受陰觀過患。此道此具足。爲愛滅令起道諦。
2. 一百八十法門の観察: 彼坐禪人如是以次第已令起四諦。爾時於五受陰。以一百八十法。次第以聚分別觀。
- 五陰: 所有色過去未來現在… 一切色以無常廣觀。以廣觀苦。以廣觀無我。如是受想行識。
- 百八十の計算: 於一一陰十二法門(色、内入、外入、識、触、受、想、思、愛、覚、観、界? ※本文記述と少し異なるが、12×5=60×3相=180)。
- 復次一百八十法門。六内入、六外入、六識身、六觸身、六受身、六想身、六思身、六愛身、六覺六觀。此十六成六十。六十無常見。六十苦見。六十無我見。三六十成一百八十。
- 無常・苦・無我の分別:
- 無常: 迴轉法行成新故。如燈焔相續成轉。以無常於行分別觀。
- 苦: 以惡趣受苦… 此行相應相續。以苦於行觀分別。
- 無我: 無衆生不動無事自性行成起。以無我於行分別。
- 広分別: 以無常已分別除常想。以苦分別除樂想。以無我分別除我想。
分別智已竟
3. 生滅の通達: 彼坐禪人於五受陰。已分別於三相。令樂入欲斷諸行。爾時現在内五受陰。取彼相令通達起滅。
- 取相(三種):
- 取煩惱相: 愚癡凡夫於見聞覺知境界、以成樂常想顛倒所。此謂取煩惱相。
- 取定相: 彼坐禪人樂得定、以念正智所。初心三十八行。於一一行取相令繋心。此謂取定相。
- 取毘婆舍那相: 常觀人以慧所初心色受想行識。各各分別其自相。樂欲捨修彼相。此謂取毘婆舍那相。
- 心相の取法:
- 以事取心相: 以此事我心起。
- 以作意取心相: 如是我作意色此心起。
- 起滅の通達(三行):
- 通達起相: 以因(愛無明業)、以縁(食觸名色)、以自味(燈焔相續)。
- 通達滅相: 以因滅(愛無明業滅)、以縁滅(食觸名色滅)、以自味滅(無間滅)。
- 一相と種種相:
- 一相: 因縁法有爲法起。彼起得知。彼滅亦知。彼住亦知。
- 種種相: 一相法種種法無事法正法。
- 対治: 若現見一性、餘作餘覺除此見。若現見種種性、彼作彼覺除此見。
- 法明:
- 現起諸行見彼無事。何故一切諸行無事不動。無餘所起住。住自性因縁和合集爲因縁。
- 令現空無事。令現業所作。如是止法令現無事名法。如是令現止法名行。
起滅智已竟
4. 諸行の分別と聚・雙・分別観: 彼坐禪人如是正見生滅相。善分別諸行。樂得滅樂定。爾時不作意觀生。唯見心滅。
- 見心滅: 以色事以心生滅。依彼事見心滅。
- 三行見滅:
- 以聚: 於威儀所起心心數法。於其處以聚見彼滅。已觀色無常… 爾時以無常事所起心心數法。以聚見彼滅。
- 以雙: 此色無常已觀無常。隨無常起心見心生滅。如是受想行識。
- 以分別: 已觀此色無常。隨無常事起心見心生滅。如是以分別觀見多心滅。
5. 刹那滅の洞察: 彼久遠年時日月月半日夜時念刹那。以迴轉法行成新故。如燈焔相續成轉。以無常於行分別觀。 彼坐禪人以此慧非他縁。見一切世間。以自性如到芥子頭。於一心刹那生老死變。
偈(縁起と無我): 此雙名色性 展轉於一滅 句滅縁彼滅 及彼因所生 陰無常滅法 苦生法滅法 (中略:太鼓の音、色香等の比喩で諸法が因縁により生じ、自性がないことを説く) 自體臝劣不自生 亦不自因不自事 (中略) 一心苦樂相應速 刹那山海八萬劫 一住不再無二心 相應過去及當滅 (中略) 諸法不生如虚空 猶如電起須臾滅
6. 観の障礙(十種のヴィパッサナーの隨染): 彼坐禪人。如是見滅無盡入定。如鑚火烟起。菩提品刹那刹那起。
- 障礙: 光明、智、喜、猗、樂、取、解脱、念、捨、欲(出離)。
- 乱と増上慢: 坐禪人於彼法或起乱。或起増上慢。
- 除乱: 彼坐禪人於法起喜。彼喜復令更安。如是彼坐復更令安。成其心法調所攝。若法調所攝心。從滅觀定其心離常。難常通達。如是離去。
- 除増上慢: 知此煩惱是定亂。知世間法行事。如是知出世間法泥洹事。如是知已。如是智除亂。除増上慢。
唯見滅是善修行多修。 観滅智已竟
解脱道論卷第十一 [注:底本ではここで巻が分かれている可能性があるが、テキストの流れとして記載]


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