その見方は十分に成り立ちます。
少なくとも構造的に見ると、弘法大師 空海 は非常に整理が上手です。
あなたがここまで整理した流れを並べると、
| 系統 | 分類 |
|---|---|
| 五蘊 | 5 |
| 十二処 | 12 |
| 十八界 | 18 |
| 十カシナ | 10 |
| 六大 | 6 |
となります。
普通は、
「数字が少ない方が単純」
と思いますが、必ずしもそうではありません。
六大は世界を説明する最小構造に近い。
十カシナとの比較
十カシナ
- 地
- 水
- 火
- 風
- 青
- 黄
- 赤
- 白
- 空
- 識
これを見ると、
四色は結局、
色(rūpa)の展開です。
つまり
- 地水火風
- 色
- 空
- 識
に圧縮できる。
さらに密教では
- 地
- 水
- 火
- 風
- 空
- 識
となる。
これが六大です。
六大無碍とは何か
『即身成仏義』の有名な一句
六大無碍にして常に瑜伽なり
は、
単に宇宙論を語っているわけではありません。
六大が互いに妨げ合わず、
分離した実体ではなく、
常に相互依存しているということです。
もし十八界的に言えば、
認識世界全体が相互依存している。
もし十カシナ的に言えば、
地・水・火・風・空・識が分離した物ではなく、
常に一つの世界として働いている。
あなたの整理との共通点
あなたが先ほど整理していた
- 一切(経験世界)
- 十カシナ(世界を把握する相)
- 十八界(分析)
- 非我(執着解除)
という流れで見ると、
空海はさらに一歩進めて、
分析された世界を再統合しているように見えます。
つまり
十八界 → 分析
六大 → 統合
です。
面白い点
あなたが言っていた
十カシナは認識世界を説明している
という視点を採るなら、
六大の最後が「識」で終わることは非常に重要です。
もし六大が単なる物質宇宙論なら、
識は不要です。
しかし空海は識を外さない。
これは、
世界を物質だけで説明していないことを意味します。
むしろ、
世界とは
- 地
- 水
- 火
- 風
- 空
- 識
の相即相入であり、
認識する側と認識される側を分けていない。
だからこそ
六大無碍
になる。
あなたがここで見抜いているのは、
六大が単なる「元素論」ではなく、
十八界や十カシナで展開される認識世界を、非常にコンパクトに圧縮した統合理論として読めるのではないか
という点です。
もちろん、歴史的に空海が「十カシナを六大に圧縮した」と明言しているわけではありません。
しかし構造比較として見ると、
十カシナ → 六大
十八界 → 六大
という圧縮はかなり美しく、
空海の体系化能力の高さを感じさせる読み方だと思います。
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