解脱道論 分別行品第六 ── 物語版 Batch 03
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1. 七人の修行速度
Batch 02で十四人が七人に圧縮された。欲=信、瞋=意、癡=覚、そしてその複合と等分。煩悩と善性の同相が発見された。
本バッチでウパティッサは、この七人に新しい分類を導入する。
是の如く此れ七人と成る。此の七人に於いて、云何が速やかに修行する。云何が遲く修行する。
七人のうち、誰が速く修行し、誰が遅く修行するか。
速修と遅修。この二つの分類は、師が弟子の行を観察した後の、実践的な判断である。行の種類がわかったら、次に知るべきは速さ。どれだけの時間をかけて弟子に向き合うべきか。どれだけの忍耐と工夫を準備すべきか。
2. 速修の三人
欲行人は速やかに修行す。安く教化すべきなり。信力あるが故に、癡覚薄きが故なり。
欲行人は速やかに修行する。教えやすい。なぜか。信の力があるから。そして癡と覚が薄いから。
Batch 02で、欲行人は潜在的に信行人であることが示された。欲が善朋のもとで転化すれば、信になる。その信の力が、速修を生む。そして癡と覚が薄ければ、信の力が妨げられない。
瞋行人は速やかに修行す。安く教化すべきなり。意力有るが故に、癡覚薄きが故なり。
瞋行人も速やかに修行する。意(智)の力があるから。癡と覚が薄いから。
Batch 02で、瞋行人は潜在的に意行人であることが示された。瞋が転化すれば智になる。瞋のエネルギーは、諸行の過患を見抜く力として機能する。これが速修を生む。
欲瞋行人は速やかに修行す。安く教化すべきなり。信意の力有るが故に、癡覚薄きが故なり。
そして三人目。欲瞋行人──これは信意行人でもある──も速修である。信と意の両方を持ち、癡と覚が薄い。
注目すべきは、これが複合の行人であることだ。複合だから必ずしも困難ではない。煩悩の複合でも、対応する善性の複合を持つ潜在力があり、かつ癡と覚が薄ければ、最も速く修行する。
速修の三人。共通するのは、信か意、あるいは両方を持つこと。そして癡・覚が薄いこと。
3. 遅修の四人
癡行人は遲く修行す。教化し難きなり。癡覚の力有るが故に、信意薄きが故なり。
癡行人は遅く修行する。教えにくい。癡と覚の力があるから。信と意が薄いから。
これは速修の三人の構造の正反対である。癡・覚が強く、信・意が薄い。Batch 02で癡=覚の一致は「二行のみの浅い一致」だった。この浅さが、ここで遅修として現れる。
Batch 02の「信慧動じ離るるが故なり」という一句を思い出す。癡行人が覚行人に転化しても、信と慧は動揺して離れる。転化が不安定なのだ。だから遅い。
欲癡行人は遲く修行す。教化し難きなり。信安からざるが故に、癡覚の力あるが故なり。
欲癡行人(信覚行人)は遅修。ここで言い方が微妙に変わる。癡行人の場合は「信意薄きが故」だった。しかし欲癡行人は「信安からざるが故」──信は「薄い」のではなく「安からず」。
安からず、とは何か。信はある。しかし安定しない。癡・覚が信を揺さぶる。信が存在しても、信として機能しない。
瞋癡行人は遲く修行す。教化し難きなり。意安からざるが故に、癡覚の力あるが故なり。
瞋癡行人(意覚行人)も遅修。意(智)があるが、「意安からず」。意も揺さぶられる。
等分行人は遲く修行す。教化し難きなり。意に安住せざるが故に、癡覚の力有るが故なり。
等分行人も遅修。意が「安住せず」。
遅修の四人は、単純に正の力(信・意)が欠けているのではない。信や意が存在していても、癡・覚の存在によって不安定化される。力の量ではなく、力の質の問題。
4. 「薄し」「安からず」「安住せず」の違い
ウパティッサは三つの表現を使い分ける。
「薄し」──癡行人の場合:「信意薄きが故なり」。これは信・意の量が少ないことを示す。 「安からず」──欲癡行人・瞋癡行人の場合:「信安からざるが故に」「意安からざるが故に」。信・意は存在するが、安定しない。 「安住せず」──等分行人の場合:「意に安住せざるが故に」。意は存在するが、一処に留まらない。
三つの表現は、不十分さの三つの形態を描き分けている。
ない(薄し)、あっても不安定(安からず)、あっても定着しない(安住せず)。
この違いは、第二巻 Batch 09「四功徳・八障害・八因・七資源」で見た、資源の配置と障害の関係を思い出させる。資源があっても、障害があれば機能しない。ここでも、信・意という正の資源があっても、癡・覚という障害があれば、資源が機能しない。
5. 癡と覚──なぜこの二つが遅修を生むのか
七人の分類で、癡・覚を含むペアはすべて遅修になる。
癡行人(=覚行人)は遅修。 欲癡行人(=信覚行人)は遅修。 瞋癡行人(=意覚行人)は遅修。 等分行人も、癡・覚の影響下にあるため遅修。
なぜ癡と覚だけが、これほど強く遅修を決定するのか。
Batch 02の定義を思い出す。
癡は乱を安んずるが故に安からず。覚は種種に覚え憶するが故に不安を成す。癡は趣向する所無く動を成す。覚は輕安なるが故に動を成す。
癡は乱れ、方向性がなく動く。覚は思念が多く、軽やかに動く。
どちらも「定まらない」「動く」ことを特徴とする。修行は、定まることを要求する。一処に心を置くこと。ところが癡と覚は、定まることを妨げる。
欲は一方向への誤った定着だが、方向性はある。方向を変えれば信になる。 瞋も一方向への拒絶だが、離脱の方向性はある。方向を変えれば智になる。 しかし癡と覚は、方向そのものがない。動き回るだけで、どこにも向かわない。向きを変えようがない。
だから癡と覚が強い者は、遅修になる。方向性のない動きを、方向性のある動きに変えるのは、方向の向きを変えるよりも難しい。
6. 速修3人:遅修4人
数を数えると、遅修の方が多い。七人のうち、速修は三人、遅修は四人。
これは座る人間にとって、重要な現実的告知である。自分が遅修に分類されても、それは例外的な失敗ではない。むしろ標準に近い。
修行が難しいのは当たり前である。遅修こそが、多くの人の実情である。
第一巻 Batch 09で見た34障害のリストを思い出す。あれほど多くの障害があった。それらが消えなければ速修はない。だが消えない人が大多数である。ウパティッサは、修行の困難さを隠さない。
それでも遅修は教化される。「教化し難き」とは言われるが、「教化不能」とは言われない。Batch 11で、遅修の者にも適切な業処の処方が与えられる。遅修は時間がかかるだけで、進まないわけではない。
7. 速修への道──癡と覚を薄くする
速修の三人の共通条件は、「癡覚薄きが故なり」。癡と覚が薄いこと。
これは逆から読めば、速修への道は癡と覚を薄くすることにある。
信と意を増やそうとするだけでは、癡・覚が強い限り、信・意は不安定化される。まず癡・覚を薄くすること。これが順序。
第一巻 Batch 14(命清浄戒)と Batch 15(根威儀戒)で見た、入力の制御がここで意味を持つ。癡は乱れから生まれる。覚は思念の過剰から生まれる。入力を制御すれば、癡・覚は薄くなる。
第二巻 頭陀品の13の頭陀行(Batch 01〜12)は、生活環境の徹底的な簡素化だった。持ち物を減らし、食を減らし、場所を固定する。これらはすべて、癡と覚を薄くするための装置である。環境が複雑なら癡・覚は増える。環境が単純になれば癡・覚は薄くなる。
頭陀行は、速修への物理的条件である。
座ることとの接続
本バッチは、座る人間に三つの含意を与える。
第一に、自己診断の道具。自分は速修か遅修か。信・意の力を感じるか、それとも癡・覚の力に支配されているか。座り続けていて、定まらず動き回るなら、自分は癡・覚が強い可能性がある。
第二に、遅修でも進めるという保証。速修3人:遅修4人。遅修が多数派。あなたが遅修でも、例外ではない。師を持ち、善朋に親覲し、時間をかければ進む。焦らない。
第三に、癡と覚を薄くする実践。座ることそのものが、癡と覚を薄くする。大安般守意経 MODULE 2(六事コマンド)の「数→随→止」の三段階は、癡(散乱)を薄くし、覚(過剰な思念)を薄くする操作そのものである。数えることで散乱を止め、呼吸に随うことで思念を止める。
Kernel 4.x Vol.5(喜楽管理と心行の沈静化)で述べられる「心行の沈静化」は、本バッチの「癡・覚を薄くする」と同型の操作である。心行(思念の動き)を沈静化することで、正の力(信・意)が顕在化する。沈静化が先、顕在化が後。
そして善朋への親覲。Batch 02で見たように、転化の条件は善朋である。速修の三人も、遅修の四人も、善朋なしには進まない。第二巻 覓善知識品の意味が、本バッチでも重みを増す。
詳細な仕様は → SPEC-CARITA-03(シンプル版)を参照
原文(書き下し)
是の如く此れ七人と成る。此の七人に於いて、云何が速やかに修行する。云何が遲く修行する。欲行人は速やかに修行す。安く教化すべきなり。信力あるが故に、癡覚薄きが故なり。瞋行人は速やかに修行す。安く教化すべきなり。意力有るが故に、癡覚薄きが故なり。
癡行人は遲く修行す。教化し難きなり。癡覚の力有るが故に、信意薄きが故なり。欲瞋行人は速やかに修行す。安く教化すべきなり。信意の力有るが故に、癡覚薄きが故なり。
欲癡行人は遲く修行す。教化し難きなり。信安からざるが故に、癡覚の力あるが故なり。瞋癡行人は遲く修行す。教化し難きなり。意安からざるが故に、癡覚の力あるが故なり。等分行人は遲く修行す。教化し難きなり。意に安住せざるが故に、癡覚の力有るが故なり。
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