解脱道論 分別行処品第七 ── 物語版 Batch 10
前の物語 → 【Batch 09】禅・越・増・縁による分類 次の物語 → 【Batch 11】行人別の業処処方 本体の仕様 → SPEC-KAMMATTHANA-03(シンプル版)
1. 事──対象の性質を問う
Batch 09で4軸が展開された。禅・正越・増長・縁。行処の体系的性質が明らかになった。
本バッチでは、残り4軸のうち4軸(5〜8)を扱う。最初の軸「事」は、本バッチで最も長大である。
問う、云何が事と為すや。答う、二十一行処は是れ分別事なり。十二行処は是れ実事と為す。五行処は応に分別事・実事を説くべからず。
38行処を対象の性質で三分する。分別事21、実事12、どちらでもない5。
分別事と実事の区別は、修行対象が「心で構成するもの」か「外に実在するもの」かの区別。
一切入を観じるとき、対象を心の中で広げる──これは分別(構成)。死体を観じるとき、特定の段階の死体を想起する──これも分別。数息のとき、呼吸を「一、二、三」と数で分ける──これも分別。これら21行処は分別事。
一方、念仏は実在する仏を念じる。念法は実在する法を念じる。四大観は実在する四大を分析する。これら12行処は実事。
そして、四無量心と無所有処は、分別でも実でもない。四無量心は他者への心そのもの。無所有処は「何もない」を対象とする。これらは「説くべからず」──言葉で分類できない5行処。
この三分だけでも、修行対象の質が可視化される。しかしウパティッサの分析はここで止まらない。
2. 内外事の7種配分
事の分析は、さらに内外の組み合わせで展開する。
復た次に、二行処は、内に事を営み内事なり。又た二行処は、内に事を営み外事なり。又た一行処は、外に事を営み内事なり。又た二十一行処は、外に事を営み外事なり。
ここで「営む」と「事」の二層構造が現れる。「営む」は修行の主体が置かれる場、「事」は対象が置かれる場。両方に内と外があり、組み合わせで7種の配分になる。
内に営み、内事──識一切入と非非想処。心内で営まれ、対象も心内(識や想そのもの)。 内に営み、外事──数息念と念身。心内で営まれるが、対象は身体(呼吸・各部位)。 外に営み、内事──念死。死という主題は外的だが、対象は自己の死(内的)。 外に営み、外事──21行処。不浄想(他人の死体)、四無量心(他者への心)、四色一切入、虚空一切入、念仏、念僧。
そしてさらに、「設い」(仮に)の組み合わせが追加される。
内に営み、内or外事(4)──念戒、念施、四大観、食不浄想。 内or外に営み、外事(4)──四色一切入(重複記述)。 内or外に営み、内or外事(2)──念法、念寂寂。 内外に営み、内事(1)──念天。 内に営み、内事・外事を説くべからず(1)──無所有処。
この7種(+変種)の配分は、修行の主体と対象の関係を精密に規定する。
なぜこれほど細かく分類するのか。座る人間にとって、主体と対象の関係の質は、修行の実際の体験を規定する。自分が内に座って自分の内を観るのと、自分が内に座って外を観るのとでは、座の体験は異なる。念仏のときに「外に営み、外事」を知っていれば、自分の意識が外に向かうことを理解できる。数息のときに「内に営み、外事」を知っていれば、内の注意が外の呼吸に向かうことを理解できる。
ウパティッサは修行の実相を、この細かさで記述する。
3. 時間──三世事
次に時間軸での分類が入る。
又た二行処は過去事なり。謂わく識一切入、及び非非想処なり。又た一行処は未来事に於いてす。所謂死を念ずるなり。又た一行処は現在事に於いてす。所謂天を念ずるなり。
過去事2──識一切入と非非想処。これらの対象は、過去に成立した識や想を扱う。 未来事1──念死。自分の未来の死を念じる。 現在事1──念天。現在の天の徳を念じる。
又た六行処は、設い過去事、設い未来事、設い現在事なり。謂わく仏を念じ、僧を念じ、戒を念じ、施を念じ、及び四大を観じ、不浄食想なり。
三世事6──念仏・念僧・念戒・念施・四大観・不浄食想。これらは過去・未来・現在のどれにも設定可能。過去の仏を念じることも、未来の仏(弥勒など)を念じることも、現在の仏(正法)を念じることもできる。
又た二行処は、設い過去事、設い現在事、設い応に説くべからざる、過去・未来なる者、所謂法を念じ、寂寂を念ずるなり。
念法と念寂寂は、過去・現在・または「説くべからず(過去・未来)」。法と涅槃は時間を超える性質を持つため、特殊な扱い。
又た二十六行処は、応に三世事を設くべからず。謂わく九一切入、十不浄想、四無量心、及び数息を念じ、身を念じ、無所有処なり。
三世事を設定しない26。一切入の対象、不浄想の死体、四無量心の他者への心、呼吸、身体、無所有処──これらは特定の時間に属さない。
2+1+1+6+2+26=38。
時間による分類は、何を意味するか。念死のように「未来」に向かう行処もあれば、念天のように「現在」に留まる行処もある。そして多くの行処は時間を超越する。
座る人間の意識が時間のどこを向いているかを、行処が規定する。これは体験の質に直結する。
4. 動事と不動事
時間の次は、動きの分類。
又た四行処は動事なり。謂わく火一切入、風一切入、及び虫爛想、及び数息を念ずるなり。其の処は則ち動なり。其の相は不動なり。余の三十四は不動事なり。
動事4──火一切入、風一切入、虫爛想(不浄想の第9)、数息念。
火は揺らめく。風は流れる。虫が湧いた死体は絶えず動く。呼吸は出入する。どれも動的な対象。
そしてウパティッサは、衝撃的な一文を置く。
「其の処は則ち動なり。其の相は不動なり」
対象は動いているが、観察される相は不動。
これは座る人間にとって極めて重要な指針である。動く対象を観じても、相は不動になる。
火を観じると、火は揺らめく。しかし「火」という相は、その揺らめきの中で一つ。揺らめきは動だが、火である相は不動。 呼吸を観じると、呼吸は出入する。しかし「呼吸」という相は、その出入の中で一つ。動きは動だが、呼吸である相は不動。
動を観じることが、不動を発見する道になる。動的対象を排除して静的対象を選ぶのではない。動的対象の中に不動を見出す。
残り34は不動事。最初から動かない対象を観じる。
修行対象には、動的なものと静的なものの両方があり、どちらにも不動の相が見出される。
5. 勝──五種の勝れた性質
次の軸は「勝」。38行処がそれぞれ何において勝れているかを分類する。
問う、云何が勝と為すや。答う、八一切入、四無色定、是れを勝と名づく。真実事なるが故なり。八一切入を以て、是れを定勝と名づくが故なり。彼の第四禅、勝地を得るが故なり。四無色定、勝を成す。
定勝12──八一切入と四無色定。定において勝れている。第四禅の「勝地」(優れた地)を得るから。
第二巻 Batch 19の「四禅と五禅の構造」を思い出す。第四禅が「一心の不動」として描かれた。その第四禅に達し得る行処が、ここで「定勝」として再登場する。
十不浄想及び食不浄想、是れを想勝と名づく。色を以て、形を以て、空を以て、方を以て、分別を以て、和合を以て、執著を以てするが故なり。不浄想の事を以てするが故なり。
想勝11──十不浄想と食不浄想。観想において勝れている。七つの要素(色・形・空・方・分別・和合・執著)で観じるから。死体や食の不浄は、これら七要素で精密に観察される。
十念処を以て、是れを勝念と名づく。微細なるが故に、随念するが故なり。
勝念10──十念処。念において勝れている。微細な対象に、随って念じるから。仏の功徳や法の深さは微細であり、それを随念する念が勝れている。
四無量心は、無過を以て勝と為す。饒益を受くるが故なり。
無過勝4──四無量心。過失がないことで勝れている。他者を饒益する(利益を与える)から、過失が生じようがない。
四大を観ずるは、是れを慧勝と名づく。執著の空なるを以てするが故なり。
慧勝1──四大観。智慧において勝れている。執著が空であることを見るから。四大観は身体を四元素に分解し、「自分」という執著を解体する。
12+11+10+4+1=38。
五つの「勝」が、38の全行処を覆う。自分が修する行処が、どの「勝」に属するかを知ることで、自分の修行の目指す質が明確になる。
6. 地──どこで機能し、どこで生じるか
次は「地」。生存領域との対応。
問う、云何が地を以てする。答う、十二行処は、天上に生ぜず。謂わく十不浄、及び身を念じ、食不浄想なり。
天上に生ぜず12──十不浄想、念身、食不浄想。天上(天界)には死体がない。身体が人間のような粗さを持たない。不浄な食もない。ゆえにこれらは天上では機能しない。人間界でのみ修習される。
又た十三行処は、色有に生ぜず。初の十二、及び数息念、色有に生ぜず。
色有に生ぜず13──上記の12+数息念。色界もまた、これらが機能しない領域。色界は微細な色の世界。粗い身体や呼吸は成立しない。
四無色処を除き、余の行処は、無色有に生ぜず。
無色有に生じるのは四無色処だけ。他のすべては無色界では機能しない。無色界は物質のない世界。物質を対象とする一切入や身体観察は、無色界では意味を持たない。
この「地」の分析は、行処が修行の結果としてどこに導くかを暗示する。十不浄想を修する者は、天上には生まれない(人間界での解脱に向かう)。四無色処を修する者は、無色界に対応する定を開く。
7. 取──どう相を取るか
最後の軸は「取」。どう相を取るか。
問う、云何が取を以てする。答う、謂わく十七行処は、見を以て応に相を取るべし。風一切入及び無色一切入を除き、余の七一切入、十不浄想なり。
見取17──七一切入(風を除く地水火青黄赤白)と十不浄想。視覚で対象を取る。地を見る。水を見る。青を見る。死体を見る。これらは見によって相が取られる。
又た一行処は、触を以て応に相を取るべし。謂わく数息を念ずるなり。
触取1──数息念。これが重要な指定である。呼吸は、触覚で取られる。
大安般守意経の技法は、鼻先や上唇で呼吸を感じることを指示する。呼吸を目で見るのではない。呼吸を触れる感覚として捕らえる。この「触取」の指定は、安般念の具体的技法を確定する。
座る人間にとって、これは実践的な指針である。数息念のとき、呼吸を視覚化しようとしない。触覚に集中する。鼻先の空気の動き、それが対象。
又た一行処は、或いは見を以て、或いは触を以て応に取るべし。謂わく風一切入なり。
見または触取1──風一切入。風は見ることもできる(木々の揺れ、雲の動き)し、触れることもできる(肌に風を感じる)。どちらでも相を取れる。
余の十九行処は、聞を以て分別して応に取るべし。
聞取19──その他19行処。念仏・念法・念僧などの念は、言葉を聞いて念じる。抽象的な対象は、音声的に取られる。
17+1+1+19=38。
8. 初学者が避けるべき5行処
又た五行処は、初めて坐禅する人、応に修行すべからず。四無色及び捨、余の二十三は、初めて禅を学ぶ人、応に取るべし。
初学者が修すべきでない5行処──四無色処(虚空処・識処・無所有処・非非想処)と捨。
これらは最高次の定の段階。初心の者が達せる境地ではない。まず基礎的な定を固めてから、この5に進む。順序がある。
初学者が修すべき23行処。残り10(禅外10行処)は特に指定されないが、初学には他の23が推奨される。
段階的な進行の指示。一度にすべてを目指さない。基礎から積み上げる。
9. 8軸の完成と第9軸への繋ぎ
本バッチで8軸の分析が完成した。Batch 09の前半4軸(禅・正越・増長・縁)、Batch 10の後半4軸(事・勝・地・取)。合計8軸で38行処が多重分類された。
残るは第9軸「人」のみ。次のBatch 11で展開される。
8軸までは、行処自体の性質を分析した。禅のどこに達するか、何を越えるか、広げられるか、何の縁か、対象はどうか、何で勝れているか、どの領域と対応するか、どう取るか──すべて行処についての情報。
第9軸「人」は、この情報を個人に適用する。誰にどれを処方するか。ウパティッサの分析は、ここから具体的な個人別の処方に着地する。
座ることとの接続
本バッチは、座る人間に四つの重要な指針を与える。
第一に、対象の性質の自覚。自分が今何を観じているか。それは分別事か、実事か。内に営み内事か、外に営み外事か。自分の修行の対象の性質を知ることで、修行の体験が明確になる。
第二に、「動の中の不動」の発見。「其の処は則ち動なり。其の相は不動なり」。動く対象を観じても、その相は不動になる。動から逃げる必要はない。動を通して不動を発見する。
第三に、数息念の触取の確定。数息念は触取の唯一の行処。呼吸を見るのではなく、触れる感覚として取る。大安般守意経の技法の核心がここで確定される。
第四に、段階的進行の必要性。四無色処と捨は初学者が修すべきではない。基礎から積み上げる。一度にすべてを目指さない。
大安般守意経 MODULE 10(止観デュアルプロトコル)で、止と観の並行が記述される。本バッチの「事」の分類は、その観の対象の性質分析。対象が何であるかを知ることが、観の成立の前提。
Kernel 4.x Vol.3(信号サンプリングとプロセス因果トレース)で、多チャンネルの信号分析が記述される。本バッチの8軸分析は、その戒・定レベルでの多軸分析。同じ対象を多くの角度から分析することで、対象の性質が立体的に捉えられる。
そして、本バッチの密度。一つの軸「事」だけで、三分類+7配分+三世分類+動/不動の4層分析が行われる。この密度は、ウパティッサの思考の精密さを示す。座る人間が自分の修行の対象を、これほど精密に分析できるようになるかどうかは別として、分析の体系が存在することを知ることは意味がある。
詳細な仕様は → SPEC-KAMMATTHANA-03(シンプル版)を参照
原文(書き下し)
問う、云何が事と為すや。答う、二十一行処は是れ分別事なり。十二行処は是れ実事と為す。五行処は応に分別事・実事を説くべからず。
問う、云何が二十一行処は是れ分別事なるや。答う、識一切入を除き、余の九一切入、十不浄想、及び数息を念じ、身を念ずるなり。
問う、云何が十二は実事なるや。答う、識一切入、非非想処、及び十の禅外行なり。
問う、云何が五は応に分別事及び実事を説くべからざるや。答う、謂わく四無量心、及び無所有処なり。
復た次に、二行処は、内に事を営み内事なり。又た二行処は、内に事を営み外事なり。又た一行処は、外に事を営み内事なり。又た二十一行処は、外に事を営み外事なり。
又た四行処は、内に事を営み、内事、設い外事なり。又た四行処は、設い内に事を営み、設い外に事を営み、外事なり。又た二行処は、設い内に事を営み、設い外に事を営み、設い内事、設い外事なり。
又た一行処は、内外に事を営み内事なり。又た一行処は、内に事を営み、応に説くべからず、及び内事・外事なり。
是に於いて、二行処、内に事を営み内事なる者は、謂わく識一切入及び非非想処なり。又た二行処、内に事を営み外事なる者は、所謂数息を念じ、身を念ずるなり。又た一行処、外に事を営み内事なる者は、所謂死を念ずるなり。又た二十一行処、外に事を営み外事なる者は、謂わく十不浄想、四無量心、四色一切入、虚空一切入、及び仏を念じ、僧を念ずるなり。
又た四行処、内に事を営み内事、設い外事なる者は、謂わく戒を念じ、施を念じ、四大を観じ、及び不浄食想なり。又た四行処、設い内に事を営み、設い外に事を営み、外事を説く者は、謂わく四色一切入なり。又た二行処、設い内に事を営み、設い外に事を営み、設い内事、設い外事なる者は、謂わく法を念じ、寂寂を念ずるなり。
又た一行処、内外に事を営み内事なる者は、謂わく天を念ずると為す。又た一行処、内に事を営み、内事・外事、応に説くべからざる者は、謂わく無所有処なり。
又た二行処は過去事なり。謂わく識一切入、及び非非想処なり。又た一行処は未来事に於いてす。所謂死を念ずるなり。又た一行処は現在事に於いてす。所謂天を念ずるなり。又た六行処は、設い過去事、設い未来事、設い現在事なり。謂わく仏を念じ、僧を念じ、戒を念じ、施を念じ、及び四大を観じ、不浄食想なり。又た二行処は、設い過去事、設い現在事、設い応に説くべからざる、過去・未来なる者、所謂法を念じ、寂寂を念ずるなり。又た二十六行処は、応に三世事を設くべからず。謂わく九一切入、十不浄想、四無量心、及び数息を念じ、身を念じ、無所有処なり。
又た四行処は動事なり。謂わく火一切入、風一切入、及び虫爛想、及び数息を念ずるなり。其の処は則ち動なり。其の相は不動なり。余の三十四は不動事なり。是の如く事を以て知るべし。
問う、云何が勝と為すや。答う、八一切入、四無色定、是れを勝と名づく。真実事なるが故なり。八一切入を以て、是れを定勝と名づくが故なり。彼の第四禅、勝地を得るが故なり。四無色定、勝を成す。
十不浄想及び食不浄想、是れを想勝と名づく。色を以て、形を以て、空を以て、方を以て、分別を以て、和合を以て、執著を以てするが故なり。不浄想の事を以てするが故なり。
十念処を以て、是れを勝念と名づく。微細なるが故に、随念するが故なり。
四無量心は、無過を以て勝と為す。饒益を受くるが故なり。
四大を観ずるは、是れを慧勝と名づく。執著の空なるを以てするが故なり。是の如く勝を以て知るべし。
問う、云何が地を以てする。答う、十二行処は、天上に生ぜず。謂わく十不浄、及び身を念じ、食不浄想なり。又た十三行処は、色有に生ぜず。初の十二、及び数息念、色有に生ぜず。四無色処を除き、余の行処は、無色有に生ぜず。是の如く地を以て知るべし。
問う、云何が取を以てする。答う、謂わく十七行処は、見を以て応に相を取るべし。風一切入及び無色一切入を除き、余の七一切入、十不浄想なり。又た一行処は、触を以て応に相を取るべし。謂わく数息を念ずるなり。又た一行処は、或いは見を以て、或いは触を以て応に取るべし。謂わく風一切入なり。余の十九行処は、聞を以て分別して応に取るべし。又た五行処は、初めて坐禅する人、応に修行すべからず。四無色及び捨、余の二十三は、初めて禅を学ぶ人、応に取るべし。是の如く取を以て知るべし。
前の物語 → 【Batch 09】禅・越・増・縁による分類 次の物語 → 【Batch 11】行人別の業処処方 本体の仕様 → SPEC-KAMMATTHANA-03(シンプル版)

コメント