初期仏教– tag –
-
03. Debug Logs
怒りを「抑える」のでなく観て手放す|仏教に学ぶ、爆発も我慢もしない鎮め方
カッとなって怒鳴ってしまい、後で後悔する。あるいは、ぐっと飲み込んで、あとからどっと疲れる。――**怒りの鎮め方**を探している人の多くは、この二つの間で消耗しています。 「6秒数える」「深呼吸する」。よく言われますが、やってみると、その場しの... -
03. Debug Logs
「無我」を断定せずに理解する|ブッダは「自己は無い」とは言っていない
「無我(むが/anattā)」は、よく「自分なんて存在しない」「自我は幻だ」と説明されます。でも、それを聞いて「では私は何なのか」と不安になったり、逆に「そんなの嘘くさい」と反発したり――どちらにしても、もやもやが残る。 ここには理由があります。... -
03. Debug Logs
受(ヴェーダナー)とは何か|仏教が見抜いた、感情の「ひとつ手前」にある分岐点
仏教を学んでいると、**受(じゅ/ヴェーダナー/vedanā)**という言葉に出会います。五蘊にも、十二縁起にも出てくる。でも「感受作用」などと説明されても、いまひとつピンとこない。 この記事では、受とは何かを、実生活に効く形で説明します。結論を先... -
03. Debug Logs
ヴィパッサナー瞑想の始め方|初心者がまず覚える「6つの感覚門」と、燃料を足さない観察
ヴィパッサナー瞑想に興味はあるけれど、「やり方が難しそう」「何をすればいいのか分からない」。――初心者がつまずくのは、たいてい**最初の入口が大きすぎる**からです。 この記事では、ヴィパッサナーの始め方を、初心者が今日からできる最小の形にして... -
03. Debug Logs
考えすぎが止まらないとき、連鎖の「どこを」切ればいいか|反芻思考を意志で止めない方法
夜、布団の中で同じことをぐるぐる。終わった出来事を何度も再生する。先のことを考えて不安が膨らむ。――考えすぎ(反芻)が止まらない。 「考えるのをやめよう」とするほど、止まらない。経験ありませんか。これは気のせいではなく、止め方の場所を間違え... -
03. Debug Logs
感情に振り回されないとは「我慢」ではない|反応の連鎖を止める、もっと手前のやり方
「感情に振り回される」「すぐイラッとする」「落ち込むと引きずる」。 こういうとき、たいていの人は**感情を"抑えよう"**とします。でも、抑えるほど苦しくなって、結局また振り回される。 先に結論を言います。**感情に振り回されないことは、「我慢」... -
02. Kernel Source
Mahāsakuludāyisuttaṃ
MajjhimanikāyaMajjhimapaṇṇāsapāḷiParibbājakavaggo — 7. Mahāsakuludāyisuttaṃ 237. Evaṃ me sutaṃ — ekaṃ samayaṃ bhagavā rājagahe viharati veḷuvane kalandakanivāpe. Tena kho pana samayena sambahulā abhiññātā abhiññātā paribbājakā moranivāpe... -
03. Debug Logs
『分析する』のではなく『立てて育てる』——中部第77経と一切漏経が照らす実践の道筋
導入 仏教の瞑想実践において、カシーナ(kasiṇa)はしばしば「観の対象」や「分析されるもの」として語られる。しかし原典に即して読むとき、そこには別の可能性が開かれている。中部第77経(Mahāsakuludāyi Sutta)が説くカシーナは、心が「立てて・遍満... -
03. Debug Logs
カシナは世界の地図なのか(1):十カシナは単なる円盤瞑想ではない?十八界と非我から見えてくる仏教の原型
はじめに 仏教の瞑想法として知られる「カシナ(kasiṇa)」。 現代では『清浄道論』に基づき、 土の円盤を作る 色を決める 距離を調整する 取相・似相を観察する という技法として説明されることが多い。 しかし初期経典を読むと、事情はかなり異なる。 例... -
03. Debug Logs
カシナは世界の地図なのか:仏教議論に潜むマウンティングと精神支配のパターン解析
中部経典 MN77(マハーサクルダーイ経)の二十四節に、十のカシナが挙げられている。 増支部(アングッタラ)の「十集」に、カシナの経(十のカシナーヤタナ)。 長部 DN33(合誦経)・DN34(十上経)の、教説の目録の中。 経の定型句は——「地のカシナを、...