解脱道論 第二巻|分別定品第四 Kernel Source: /vimuttimagga/vol2/samadhi/ch04_definition.suttra 2026.04.10
頭陀が終わり、定が始まる
分別定品の冒頭は、頭陀品の直接の続きだ。
「浄戒の坐禅人、已に頭陀を行じて勝善の処の受を成就す。当に何をか作すべき。答う、定を起こさしむ。」
浄戒の坐禅人が、頭陀を行じ終えた。次に何をすべきか。定を起こせ。
12バッチかけて整えた環境の上に、ようやく定が立ち上がる。この一文で頭陀品と分別定品が接続される。頭陀が「前」で、定が「後」。頭陀が環境で、定が本体。
そしてウパティッサは、これから扱う問いを13個、一括で列挙する。
何を定とするか。相は何か。味は何か。起は何か。処は何か。誰が受けるか。差別は何か。因は何か。障害は何か。功徳は何か。衆具は何か。何種類あるか。どうやって起こすか。
13の問い。頭陀のパラメータも13。偶然かもしれないが、ウパティッサは13という数を二度使った。
三つの定義
定とは何か。ウパティッサは三つの角度から答える。
第一の定義──定の状態
「清浄の心有り。一向に精進し、寂静の功徳と等し。正真に住して乱れず。此れを定と謂う。」
四つの要素が並ぶ。
清浄の心。一向の精進。寂静との等しさ。正真の住。
この四つは独立していない。清浄だから一向に精進できる。一向に精進するから寂静と等しくなる。寂静と等しいから正真に住する。正真に住するから乱れない。連鎖だ。
しかし最も重要なのは最初の一語だ。「清浄の心有り」。心が清浄であることが出発点。清浄でない心に定は成立しない。頭陀品12バッチが心の清浄のための環境を整えた。その環境が整った心に、定が起こる。
第二の定義──殿裏の灯
「煩悩の猛風、心慮を傾くること無し。殿裏の灯の光焔動かざるが如し。」
殿裏の灯。宮殿の奥にある灯火。
この比喩は頭陀品の全てを一文で要約している。
殿裏とは何か。壁と屋根に囲まれた空間だ。外からの風が入らない。猛風とは何か。煩悩だ。灯とは何か。心だ。光焔とは何か。心の活動だ。
壁と屋根がなければ、風が入る。風が入れば灯火は揺れる。揺れれば光は不安定になる。光が不安定なら、何も見えない。
頭陀品がやったのは、この壁と屋根を建てることだった。衣・食・住・姿勢の全てを規定して、煩悩の猛風が入らない空間を作った。糞掃衣は「もっと良い衣が欲しい」という風を遮断した。乞食は「招待されたい」という風を遮断した。無事処は「街の刺激」という風を遮断した。13のパラメータは、全て壁と屋根の部品だった。
壁と屋根が完成した殿裏の中で、灯火は動かない。動かない灯火。それが定だ。
灯火の質を変えたのではない。灯火は最初からそこにあった。変えたのは環境だ。風を止めた。風が止まれば、灯火は自分で安定する。
第三の定義──阿毘曇の言葉
「心正しく住して攀縁する所無く、亦た動乱せず。寂静にして著無し。正定・定根・定力なり。」
阿毘曇(阿毘達磨)からの引用。分析的な言葉で定を記述する。
心正しく住す。攀縁する所無し。動乱せず。寂静にして著無し。
攀縁とは、対象にしがみつくことだ。心が何かを掴もうとする動き。定の状態では、この掴む動きが止まっている。掴まないから動乱しない。動乱しないから寂静。寂静だから著(執着)がない。
そしてこの状態に三つの名前が与えられる。正定。定根。定力。同じ状態を三つの角度から呼んでいる。正定は正しい定。定根は定という根(能力の基盤)。定力は定という力。
三つの角度
三つの定義は同じものを三つの角度から見ている。
第一定義は「定の状態そのもの」を記述する。何であるか。清浄の心が一向に精進し、正真に住して乱れない状態。
第二定義は「定と環境の関係」を記述する。何のようか。風の入らない宮殿の中の灯火のように。
第三定義は「定の構成要素」を記述する。何で成り立っているか。正定と定根と定力で。
ウパティッサは実践者に三つの角度を提供した。一つ目で理解できなくても、二つ目の比喩で掴める。二つ目で掴めなくても、三つ目の分析で分かる。三つが同じものを指していると分かった時、定の像が立体になる。
相・味・起・処
定の基本インターフェースが四つの項目で定義される。
相=心住。 心が住すること。これが定の目に見える特徴。定の中にいる者の心は、住している。動いていない。ここにある。
味=怨を伏す。 怨(煩悩)を伏すこと。これが定の機能。定は何のためにあるか。煩悩を伏せるためにある。
起=寂静。 寂静であること。これが定の現れ方。定が生じた時、何が現れるか。寂静が現れる。
処=染に於いて著せず、心、解脱を得。 染まることに執着せず、心が解脱を得ること。これが定の至る場所。
頭陀品では相・味・起の三項目だった。定には「処」が加わっている。頭陀は環境の仕様であり、至る場所を持たない。定は心の状態であり、至る場所がある。その場所は解脱だ。
頭陀品の相味起と並べてみる。
頭陀の相は少欲。定の相は心住。少欲だった心が、住する心になる。 頭陀の味は知足。定の味は怨伏。足るを知っていた心が、怨を伏す心になる。 頭陀の起は無疑。定の起は寂静。疑いのなかった心が、寂静な心になる。
少欲→心住。知足→怨伏。無疑→寂静。頭陀で削った心が、定で安定する。
座ることとの接続
大安般守意経のMODULE 5に止(サマタ)の四フェーズがある。数止→相随止→鼻頭止→息心止。最終フェーズの息心止は「五陰へのアクセスが完全に遮断された静寂状態」と定義されている。
ウパティッサが言う「寂静にして著無し」は、この息心止と同じ状態を指している。心が正しく住し、攀縁する所がなく、動乱せず、寂静にして著がない。大安般守意経の言葉で言えば、五陰へのアクセスが完全に遮断されている。
殿裏の灯の比喩は、Kernel 4.xのVol.1が扱う「障害検知」の前提条件を説明している。Vol.1は座った後に五蓋を除去する手順を記述している。しかしウパティッサは座る前に、五蓋の風が入らない壁と屋根(頭陀)を建てた。灯火が最初から安定した状態で座る。Vol.1の障害検知は、その灯火に残った微細な揺れを検出する作業になる。
詳細な仕様は → [SPEC-SAMADHI-01(シンプル版)] を参照。
📜 原文(書き下し)
問う、爾の時、浄戒の坐禅人、已に頭陀を行じて勝善の処の受を成就す。当に何をか作すべき。
答う、定を起こさしむ。
問う、何をか定とする。何の相ぞ、何の味ぞ、何の起ぞ、何の処ぞ。何人か禅・解脱・定・正受を受くる。何の差別ぞ。幾の定の因、見るべし。此れを以て定を起こす。定を障うること幾の法有る。幾の定の功徳ぞ。定に幾の衆具ぞ。幾種の定ぞ。云何が定を起こす。
答う、定とは、清浄の心有り。一向に精進し、寂静の功徳と等し。正真に住して乱れず。此れを定と謂う。
復た次に、煩悩の猛風、心慮を傾くること無し。殿裏の灯の光焔動かざるが如し。阿毘曇に説くが如し。若し心正しく住して攀縁する所無く、亦た動乱せず。寂静にして著無し。正定・定根・定力なり。此れを定と謂うと為す。
云何が相、何の味、何の起、何の処ぞ。心住するは是れ相なり。怨を伏するは是れ味なり。寂静なるは是れ起なり。染に於いて著せず、心、解脱を得。是れを処と名づくと為す。
前の物語 → 【Batch 12】頭陀の最終仕様 次の物語 → 【Batch 14】定を受けるもの 本体の仕様 → SPEC-SAMADHI-01(シンプル版)

コメント