実際に照合するとどうなるか|中論とパーリ語原典の一致

03. Debug Logs

前回、「お釈迦さまが言ったか」は検証不能だと確認した。

では検証可能な問い——「パーリ語原典の論理と一致するか」——で照合するとどうなるか。


中論の最重要命題を照合する

中論第24章第18偈。中論全体の核心とされる一節だ。

縁起するもの、それを空性と呼ぶ。 それは仮設であり、それが中道である。

この4行をパーリ語原典と照合する。


照合結果

中論の語パーリ語原典経典
縁起するものpaṭicca-samuppāda の対象 = 有為法(五蘊)SN 12.2 縁起分別経
空性(śūnyatā)netaṁ mama・na meso attā の三人称展開MN 109 大満月経
仮設(prajñapti)識↔名色ループが生成する「私」という参照ラベルDN 15 大縁経
中道(madhyamā pratipat)有辺・無辺の双方を離れた縁起の立場SN 12.15 迦旃延子経

結果の意味

4行が
パーリ語原典の4経典に
一対一で対応した。

中論が「新しい何か」を発明したのではない。

パーリ語原典の論理を
哲学的言語に翻訳した。

それが中論だ。

「パーリ語原典に存在しない」は事実ではない。存在している。言語が違うだけだ。


次回:それでもなぜ1800年間論争が続いたのか。

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