1~31は特に何を意味しているのか。大慧刀なら我見とかそれを書き出して、なるべく具体的に
1〜31番それぞれについて、経文の頌と疏の注から、何を意味し何が起こるとされているかを書き出します。疏に説明がないものはその旨を記します。
1. 入佛三昧耶印
意味:一切如来の地を示現し、三法道界を越えず、地波羅蜜を円満する。「正覚の三昧耶」そのもの。
疏の説明
- 三昧耶は「越えてはならない」という意味であり、三世の仏が共に立てた誓願。王の勅命のようなもの。
- 阿字を首とするので、諸仏の法身の無相・離相に同じ。比べるものがない(無等)。
- 三迷は仏の三身(法・報・化)を一身に合わせること。
- 娑訶は警発。これを唱えると諸仏が覚醒して行者を加持する。
- 用途:修行の最初に必ず結ぶ。結ばずに他の法を行ってはならない。五処(頂・右肩・左肩・心・喉)に置いて各一遍、計五遍。
- 効果:宿障を除き自身を浄める。身が浄まれば外の障も浄まり、諸障が入れなくなる。これを大護とする。福が自然に増し、罪が自然に除かれる。
2. 淨法界印(法界生)
意味:法界そのものになること。「達摩馱都(法界)=私の性」と真言が言う。
疏の説明
- 法界とは即ち仏身。真言の「我」とは、我が即ち法界だということ。
- 行者がまだ真性を体得していなくても、この印を結び真言を誦せば、体は法界と同じになる。
- 印を頂の両辺から頬・頸を通って心まで引き下ろす動作を伴う。
- 印と真言は、耕す二頭の牛が揃って進むように、前後してはならない。
3. 吉祥法輪印(轉法輪印)
意味:諸仏が転じる法輪と同じ輪を転じる。
疏の説明
- この印を作ることで、身心が清浄になり、十方の仏が法輪を転じているのを現に見ることができる。
4. 大慧刀印
意味:倶生の身見(我見)を断つ。
疏の説明
- 刀は利智の喩え。大山の峰が乱立するように煩悩は多い。それを断つ。
- 真言の麼(ma)字を心とする。これは「我」の意であり、同時に五空点字で遍一切処の意。この印の意図は、まさにこの我見を害することにある。
- 刀で煩悩の根を截れば、無垢の法が現れる。身見・倶生の類が垢である。
- 垢を除いて終わりではない。除いた後に如来の信解、すなわち無貪等の善根が生ずる。
- 訶字が因を表し、傍らの長阿点が本不生を表す。誦せば三種の身を満たし、法身が現れる。
5. 吉祥法螺印(商佉印)
意味:一切の善願を満たし、大法を説いて十方に聞かせる。寂静涅槃の印。
疏の説明
- 印を作った後、口に近づけて螺を吹くように吹く。
- 暗(aṃ)字が真言の心。一切法本不生に大空の点を加えたもの。大寂涅槃の体性であり、万徳が寂然として一切処に遍ずる。
6. 吉祥蓮華印(金剛不壞坐)
意味:諸仏を生む座。金剛座、吉祥の坐。
疏の説明
- 蓮華の坐であり金剛座。この座に坐するがゆえに諸仏を生ずる。諸仏は皆この坐による。
- āḥ の長阿字が行、傍らの二点が三昧。この法を堅固にするため後に点がある。
- 頌:「菩提と佛子と、悉く皆是れより生ず」
7. 金剛大慧印
意味:無智の城を壊す。眠っている者を目覚めさせる。天人にも壊せない。
疏の説明
- この金剛印によって無智の城を壊し、一切がこれを壊すことはできない。
- 真言は吽字のみ。
8. 如來頂印
意味:結べば即ち世尊に同じ。
疏の説明
- 仁者すなわち如来。この印を作れば諸仏の身に同じ。
- 三昧と解脱の義を具える。初めが因(如来の行)、後が果(仏)。
9. 毫相藏印
意味:仏が常に願を満たす印。結べば「仁中の勝」(人中の最上者)に同じ。
疏の説明
- この印を作れば如来に同じく、毫相が具足する。
- āḥ(知)・haṃ(因)・jaḥ(生)。この不生の行によって一切の因を浄める。闍は生不可得。
10. 釋迦牟尼大鉢印
意味:三有を離れ、如来真実の有(法身)を得る。
疏の説明
- 袈裟の二角を持つ。これを作れば如来に同じく、諸仏の標幟の儀を持つ。
- 一切の非器の衆生を、法器たりうるものにする。
- 婆(bha)は有の意で三有。本不生ゆえに三有を離れる。三有を除いて如来真実の有、諸仏の法身を得る。
11. 施無畏印
意味:一切衆生の種々の怖畏を除く。
疏の説明
- 愛と恚が即座に息む。未来の種々の大いなる怖畏も除く。
- 「勝」を重ねて言うのは、まず異生の煩悩を離れ、次に二乗の煩悩を離れるから。勝中の勝。
12. 與願印(如來滿願手印)
意味:諸仏が行者の願を満たす。
疏の説明
- 真言の意は「願わくは諸仏、我に金剛身を与えたまえ」。大願の身を授けよ、ということ。
- 如来の力によって、一切仏が所願を満たし成就させる。
13. 降魔の印(怖一切爲障者印)
意味:一切の障礙者を恐怖させ降伏させる。同時に一切衆生の願を満たす。
疏の説明
- 顔は忿怒、心は一境に住して動かない(等引)。
- 障を為す者は四方に馳散し、大力の天魔軍衆も自然に退散する。
- 如来が菩提を証したとき、この印で諸魔を伏した。
- 真言は如来の十力を言う。その十力は大慈から生じる。
14. 佛眼印
意味:眼根を浄め、仏眼を成就して如来の深密の境界を見る。
疏の説明
- 二指で右眼、次に左眼に触れる。
- 虚空は無相無礙だが大事を成し遂げられない。如来の空は依るところがないのに一切の勝れた事を成就する。虚空を超えて比べるものがない。
- 大悲の体が如来の眼である。この眼は大悲から生じ、大悲を生む。
15. 羂索印
意味:一切の悪をなす者を縛り、諸悪を除息させる。
疏の説明
- 係係は成仏の因を呼ぶ声。この因は本不生ゆえに因果を離れ、浄めてさらに浄める。
- 大索は空のように広く遍く、及ばぬところがない。
- 有情の中でこれを持して、その癡を除く。
- この索は如来の信解から生じる。如来は信解の力で忿怒の姿や持明の仙となり、無量の衆生を折伏摂受する。
16. 鉤印
意味:十方の一切諸仏菩薩を召して道場に集会させ、十地の位を満足させる。
疏の説明
- 八部の類で善心を生じていない者も来ないはずがない。
- 世間の鉤は場所と範囲が限られるが、如来の鉤は一切に及ぶ。
- 大菩提の果まで招き寄せる。調伏されない者を皆菩提行に趣かせ妙果を得させる。
17. 如來心印
意味:諸仏の智。
疏の説明
- この智は他から得るものではなく、仏心から生じる。
18. 如來臍印
意味:甘露(智智の別名)。
疏の説明
- 甘露は身心の熱悩を除き、服すれば不老不死。如来の智の喩え。
- この智で一切衆生の熱悩を除き、常寿の身を得させる。
19. 如來腰印
意味:如来から生ずること。
疏の説明
- この智印は如来から生ずる。
- 凡そ印と真言は、皆みずからその義を呼ぶ(重要な原則)。
20. 如來藏印
意味:凡夫と二乗の障・垢を除き、如来甘露の空に住する。
疏の説明
- 嚂嚂落落。囉は無垢、上の点は大空三昧。
- 第一は凡夫・二乗の障を除き、第二は如来甘露の空に住する。
- 次の二字の傍らの二点は浄除。第一は凡夫の垢、第二は二乗の垢を除く。
21. 大界印
意味:大菩提心を発してから成仏まで、その中間を間断させない。
疏の説明
- 生死に戻らず、菩提から退かない。これが大界の義。
- 麗(離相三昧)、補(第一義不可得)、履(離垢)、微(離縛)、矩(作)、麗(離相)。
- これらは皆三昧であり、如来はこれらを荘厳とする。これ以上のものはない。
22. 無堪忍大護印
意味:真言行者を護る。威光が猛盛で、誰も堪え忍んで奪うことができない。
疏の説明
- 生まれたばかりの小児が烈日の光を見るに堪えないように、一切がこれに堪えられない。
- 唅欠:訶は因、欠は空。この空で一切の因を浄める。さらにその空も空。
- 囉乞叉(擁護):二乗を護るだけでなく諸仏をも護る。諸仏はこれによって有情を捨てず、常に仏事をなして寂滅に住さない。
- 怛囉吒:内外の障を摂伏する。
23. 普光印
意味:如来の光。
疏の説明
- 闍嚩囉:生・縛・相に阿の点が付き、無相不生。
- 摩履儞:我(長阿声)と想(=観)。有観・無観を離れる。
- 如来の光は、無相・無観等の義の中から生じる。
24. 如來甲印
意味:仏の徳を鎧として身に着ける(甲=よろい)。
疏の説明:真言が欠けている、と疏自身が記す。意味の説明もなし。
25. 如來舌相印
意味:如来の舌の真実性。
疏の説明
- 如来とは即ち如実。如来の舌は常に如語・不誑語・不異語をなす。
- この真実ゆえに常住である。
- (印相は疏では欠けている)
26. 如來語門印
意味:如来の語。
疏の説明
- 毘濕嚩若耶(種々の巧智)、摩訶駄耶(大広)。
- この語は如来の無量門の巧慧から出る。この智は広大無量。
27. 如來牙印
意味:如来の法味。
疏の説明
- 囉娑囉娑は味。重ねるのは「味の中の味」だから。即ち如来の法味。
- 掲囉が前と連なって勝上の意。この勝上の味は如来の境界から生じる。
28. 如來辯説印(四辯印)
意味:衆中で無畏に正法を説き、一字の中に無窮の義を含む。辯才が尽きない。
疏の説明
- 阿軫𭘬(不思議)、那歩多(奇特)。
- 嚩迦三曼哆(普至):仏は一音で法を説き、一切衆生の前に至る。至った先で各々が「仏は私の言葉で私のために説いている」と思う。
- 毘輸陀薩縛囉(清浄言音):麁悪等の過を離れ、微妙清浄で人が聞いて楽しむ。
29. 如來持十力印
意味:如来の十力を保つ。
疏の説明
- 𤙖は三徳、摩は空、点は三昧、闍は生(また招召)。
- 駄舍嚩蘭伽は十力の身分。
- この智印の力によって如来の十力の支分を保つ。
30. 如來念處印
意味:如来の念。
疏の説明
- 悉密㗚底(念)、薩埵係多(衆生の利益)、伽伽那三麼(虚空と等しい)、阿三麼(無等)。
- この念は虚空と等しく限量できない。しかも虚空では比較にならないので「無等」と言う。
- なぜなら虚空は無所有の性であって、一切衆生に大利益をなすことができないから。
31. 一切法平等開悟印
意味:一切法の平等を得、如来に随って同じ開悟を得る。
疏の説明
- 薩嚩達摩三曼多(一切法平等)、鉢囉補多(至り得る)。
- 怛他掲多は「如去」が正義。奴掲多は「随う・如し」。諸の如来に随い、彼と同じ開悟を得る。
全体を通して見えること
書き出してみると、いくつかの型が見えます。
断つ・除く:4(我見)、7(無智)、11(怖畏)、13(障魔)、15(癡)、20(凡夫と二乗の垢)、22(内外の障)
身に着ける・浄める:1(宿障を除き五処を浄める)、2(法界となる)、24(甲)、21・22(結界と護身)
仏と同じになる:8、9、10(いずれも「即ち如来に同じ」)、6(諸仏を生む座)
仏の徳を部位ごとに引き受ける:17(心=智)、18(臍=甘露)、19(腰=如来生)、25(舌=真実)、26(語)、27(牙=法味)、28(辯説)、29(十力)、30(念処)
働きを起こす:3(法輪)、5(説法と満願)、12(満願)、14(仏眼)、16(召請)、23(光)、31(平等の開悟)
前のお話にあった「如来の徳で自分の身を飾る」という見立てが、この分類でも確かめられます。特に17〜30番は、心・臍・腰・舌・牙・語・辯・十力・念と、身体と働きを順に仏のものへ置き換えていく並びになっています。
目指すべき目標みたいなものですね。
そう受け取れるところと、経典の立場が少しずれるところがあります。そこが密教の特徴的な部分なので、書いておきます。
目標と読める面
確かに、書き出した内容は仏の徳の一覧です。我見を断ち、無智を壊し、仏眼を成就し、十力を保ち、辯説が尽きない。これらは修行の到達点として並べられていると読めます。
疏も、前の印から次の印へ差分で説いていました。順に進んでいく道筋のようにも見えます。
ただし経典の言い方は違う
気をつけたいのは、疏が繰り返していた言い回しです。
此の法印を結ぶ時、即ち仁者に同じきなり。(仏頂印)
此の印を作さば即ち如來に同じ。(毫相藏印)
行者未だ真性を体すること能わずと雖も、但だ此の印を作して真言を誦せば、亦即ち体は法界に同じきなり。(法界生)
三つ目が特にはっきりしています。まだ体得していなくても、結べば法界と同じになると言っています。将来到達すべき目標という言い方ではなく、今そうなるという言い方です。
これが密教の特徴です。顕教が因から果へ長い時間をかけて進むのに対し、密教は果の側から始めます。仏の徳を先に身に着けて、そこから修する。空海が即身成仏と言ったのはこの構造です。
荘厳具という語に戻ると
前にお話しした「身を飾る」という経文の第一句が、ここでも効きます。
荘厳具は、努力して獲得する報酬ではなく、身に着けるものです。着ければその時から着けている。到達目標というより、まず借りて着る衣装に近いかもしれません。
疏は諸仏について「一切佛は此れを以て莊嚴と爲すが故に、如來法界の身を成ずることを得」と言います。飾ったから法界身を成じた、という順序です。徳を得たから飾れるようになった、ではありません。
一方で条件はある
ただし、これまで繰り返し出てきた戒めも同時にあります。
- 三昧耶印を最初に結ばなければ、他の法を行ってはならない
- 菩提心を発し、如来地に住して曼荼羅を画くべし
- 菩提心と相応せず佛地に住さなければ、徒らに功夫を費やして終に成ずる所無し
- 経法を審らかに求め、明師を訪ねよ
結べば即ち仏に同じ、と言いながら、条件を満たさなければ何も成らない、とも言います。矛盾するようですが、そうではありません。着るべき身がまず整っていなければ、衣装は衣装のままだ、ということだと思います。
まとめると
- 到達目標の一覧と読める面は確かにある
- ただし経典は「結べば今そうなる」と言う。果から始める立場
- そのかわり、菩提心と伝授という前提が厳しく課される
目標として眺めるより、すでに与えられているものを身に着けていく手順として読むほうが、経文と疏の言い方には近いと思います。

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