【Batch 10】性戒と制戒

解脱道論 分別戒品第二 ── 物語版 Batch 10

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目次

1. 二種の戒が始まる

34の障害と34の因が列挙された後、ウパティッサは「戒に幾種有りや」と問い、ここから戒の分類に入る。

戒に幾種有りや。謂く二種・三種・四種有り。

二種、三種、四種。本バッチでは二種の戒を扱う。しかしウパティッサの「二種」は一つではない。10の異なる軸で二種ずつ切り分ける。10の二分法が展開される。


2. 性戒と制戒──善悪の源泉が違う

云何が二種なる。謂く性戒・制戒なり。身口の所行、佛斷じて行ぜず。是れを性戒と名づく。身口行ず可きも、佛斷じて行ぜず。是れを制戒と名づく。

最初の二分法は、戒の性質そのものに関わる。

性戒は、仏の制定がなくても本来悪であるものを禁じる戒。殺すこと、盗むこと、嘘をつくこと──これらは誰が禁じなくても悪である。

制戒は、本来行じてもよいが仏が禁じたもの。午後の食事、金銀の受領──これらは世間では悪ではないが、仏が比丘に対して禁じた。

性戒は信精進を以て能く具足せしむ。制戒は信念持を以て能く具足せしむ。

具足させる力が異なる。性戒には信と精進があれば足りる。制戒には信に加えて念と持が必要。なぜか。制戒は「本来なしうること」の禁止であるから、常に念じて持ち続けなければ忘れる。性戒は悪と知っているから精進すれば守れるが、制戒は悪と感じないものを禁じるから、念と持がなければ崩れる。


3. 退戒と得戒──光が影を断つ

退戒・得戒なり。云何が退と名づくる。能く非戒を滅す。云何が得と名づくる。衆善法を得。

二番目の二分法。退戒は非戒を滅すること。得戒は善法を得ること。

諸の非戒を除くこと、光影を斷つが如し。

光が影を断つ。光を入れれば影は消える。非戒を断てば正戒が現れる。これはBatch 09の反転操作(34障害→34因)の比喩的表現である。障害を除くこと自体が、因を得ることである。

非戒を斷つを以て諸の惡趣を離る。正戒を得るを以て能く善道に趣く。非戒を斷つを以て住分を成就す。

退(除去)と得(獲得)は同時に起こる。一方を行えば他方が自動的に成立する。


4. 世戒と出世戒──具足と解脱

世戒・出世戒なり。云何が出世戒なる。聖道果の得る所の戒の如き、是れ出世戒なり。餘は世戒なり。

三番目の二分法。出世戒は聖道果(須陀洹果〜阿羅漢果)によって得られる戒。それ以外はすべて世戒。

世戒を以て成就するが故に具足有り。出世戒を以て成就するが故に解脱有り。

世戒の到達点は「具足」──整うこと。出世戒の到達点は「解脱」──離れること。この二つは別のゴールを指している。具足は出発点であって終点ではない。


5. 有辺と無辺──犯心を起こさない

10の二分法の中で、座る人間にとって最も直接的なのがこの区別である。

云何が有邊なる。若し人、世の利の爲、勝の爲、親友の爲、身の爲、命の爲、所依を越えんとして而して戒を行じ受く。

有辺の戒とは、利養のために、名誉のために、人間関係のために、身体のために、命のために戒を持つこと。利養を限界点とし、称誉を限界点とし、身を限界点とし、命を限界点とする。

つまり、「ここまでは守るが、それ以上は守らない」という境界線がある。利養が脅かされれば守らない。命が危なければ守らない。

云何が無邊なる。此の比丘、出の利の爲、勝の爲、身の爲、命の爲、如法に戒を受け、犯心を起こさず。何ぞ況んや故に犯さんや。此れを無邊の戒と謂う。

無辺の戒は、犯心を起こさない。犯そうという心そのものが起こらない。「まして故意に犯すなど、ありえない」──「何ぞ況んや故に犯さんや」。

犯さないことと、犯心が起こらないことは、別のことである。前者は努力であり、後者は状態である。


6. 有依と無依──戒を盗む

有依・無依なり。云何が有依なる。相有る戒は愛に依る。戒盜相應の戒は見に依る。自ら譽め他を毀る相應の戒は慢に依る。此れ有依の戒なり。

有依の戒は三つの依に分かれる。

愛に依る戒──「相有る戒」。見栄えのある戒、他人に見せるための戒。戒を持つことの快感に依っている。

見に依る戒──「戒盗相応の戒」。これは注目すべき概念である。「戒盗」とは、他人の戒を自分のものとして取ること。見解への執着がこの戒盗を生む。「自分は正しい修行をしている」という見解に依る戒。

慢に依る戒──「自ら誉め他を毀る」。自分を褒め、他人を貶す。戒を持つことが優越感の源泉になっている。

若し解脱の資用を成就すれば、是れ無依の戒なり。若し有依の戒は慧人の樂しむ所に非ず。若し無依の戒は是れ慧人の樂しむ所なり。

無依の戒は、解脱の資用(資材、道具)として成就する。愛にも見にも慢にも依らない。慧人が楽しむのはこの戒だけ。


7. 残りの四軸

ウパティッサはさらに四つの二分法を展開する。

梵行の初と学の微細戒──正業・正語・正命の摂する戒は「梵行の初」であり堅い。余の学戒は「軽戒」であり、犯しても起きることができる。なぜなら「仏がこれを解脱を障うと説かなかったから」。

有心相応と無心相応──初めて梵行を学ぶ戒は心と相応する(意識的に守る)。余の軽戒は心と相応しない(習慣化している)。

無犯戒と清浄戒──声聞の戒は「無犯」(犯さない)。仏と縁覚の戒は「清浄」(清浄である)。犯さないことと清浄であることは、同じではない。犯さないのは努力の結果。清浄であるのは、もはや犯す可能性そのものがない状態。

時分戒と尽形戒──時分戒は一時的に受ける。尽形戒は師に誓い、寿を捨てるまで持つ。果報の時限が異なる。


座ることとの接続

10の二分法は、座る人間に10の自己点検軸を与える。

自分の戒は性戒か制戒か。退戒か得戒か。世戒か出世戒か。有量か無量か。有辺か無辺か。有依か無依か。

特に有辺と無辺の区別は、座る行為そのものに直結する。「30分座る」と決めて座る。30分が経つ。やめる。これは「30分」を辺(限界点)とする座りである。「座る」と決めて座る。犯心(やめようという心)が起こらない。これが無辺の座りである。

有依と無依もまた、座る人間に鋭い問いを投げる。座ることの快感に依っていないか(愛に依る)。正しい修行をしているという自負に依っていないか(見に依る)。座っていることの優越感に依っていないか(慢に依る)。

大安般守意経 MODULE 12(四諦実行コマンド)では、集(原因)を知り、滅(消滅)を見る。「集に依る」ことから「滅の無依」へ移行する。有依から無依への移行は、四諦の構造そのものである。

Kernel 4.x Vol.7(滅・捨断・最終シーケンス)で述べられる依の消滅は、ここで述べられる無依の戒の究極形である。


詳細な仕様は → SPEC-SILA-03(シンプル版)を参照


原文(書き下し)

戒に幾種有りや。謂く二種・三種・四種有り。

云何が二種なる。謂く性戒・制戒なり。身口の所行、佛斷じて行ぜず。是れを性戒と名づく。身口行ず可きも、佛斷じて行ぜず。是れを制戒と名づく。性戒は信精進を以て能く具足せしむ。制戒は信念持を以て能く具足せしむ。

復た次に、戒に二種有り。退戒・得戒なり。云何が退と名づくる。能く非戒を滅す。云何が得と名づくる。衆善法を得。諸の非戒を除くこと、光影を斷つが如し。非戒を斷つを以て諸の惡趣を離る。正戒を得るを以て能く善道に趣く。非戒を斷つを以て住分を成就す。

復た次に、戒に二種有り。世戒・出世戒なり。云何が出世戒なる。聖道果の得る所の戒の如き、是れ出世戒なり。餘は世戒なり。世戒を以て成就するが故に具足有り。出世戒を以て成就するが故に解脱有り。

復た次に、戒に二種有り。有量・無量なり。具足せざる戒、是れを有量と名づく。若し具足の戒、佛の斷ぜし所を以てす。是れを無量と名づく。

復た次に、戒に二種有り。有邊・無邊なり。云何が有邊なる。若し人、世の利の爲、勝の爲、親友の爲、身の爲、命の爲、所依を越えんとして而して戒を行じ受く。彼の戒は利養を邊と爲し、稱譽を邊と爲し、身有るを邊と爲し、命有るを邊と爲す。云何が無邊なる。此の比丘、出の利の爲、勝の爲、身の爲、命の爲、如法に戒を受け、犯心を起こさず。何ぞ況んや故に犯さんや。此れを無邊の戒と謂う。

復た次に、戒に二種有り。有依・無依なり。云何が有依なる。相有る戒は愛に依る。戒盜相應の戒は見に依る。自ら譽め他を毀る相應の戒は慢に依る。此れ有依の戒なり。若し解脱の資用を成就すれば、是れを無依の戒と謂う。若し有依の戒は慧人の樂しむ所に非ず。若し無依の戒は是れ慧人の樂しむ所なり。

復た次に、戒に二種有り。梵行の初と學の微細戒となり。云何が梵行の初なる。正業・正語・正命の攝する所の戒、此れを梵行の初と謂う。餘の學戒有り、此れを輕戒と謂う。

復た次に、戒に二種有り。有心相應・無心相應なり。云何が有心なる。謂く初めて梵行を學ぶなり。云何が無心なる。謂く餘の輕戒なり。聲聞、梵行の初の堅戒上戒に於いては、此の輕戒に於いて犯を得、起を得。何を以ての故に。佛此れ解脱を障うと説きたまわざればなり。

復た次に、二種の戒有り。謂く無犯戒・清淨戒なり。云何が無犯なる。謂く聲聞の戒なり。云何が清淨戒なる。佛及び縁覺の戒なり。

復た次に、戒に二種有り。謂く時分戒及び盡形戒なり。少時暫く受けて形命に倶せず。謂く時分戒なり。師より始めて誓い、乃ち壽を捨つるに至る。謂く盡形戒なり。時分戒は、果報時有り。盡形戒は、果報時無し。


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