前回、中論の核心命題はパーリ語原典と一致することを照合で確認した。
では、なぜ「大乗は仏教ではない」という論争が1800年続いたのか。
照合しなかった理由
照合すれば
「正統性の独占」が崩れる。
= 照合しない理由が
組織の存続にあった。
正直に読めば自分たちの根拠が消える。だから読まなかった。これが構造的な理由だ。
逆説:否定した側の法統
そしてもう一つの問題がある。
「テーラヴァーダが正統だ」と主張する集団の
法統を確認すると:
スリランカでは18世紀に
具足戒が絶滅した。
僧侶は土地と妻子を持ち
サンガは形骸化した。
法統を回復するために
タイから僧侶を招いて
外部から再輸入した。(1753年)
つまり:
法統が断絶した集団が
パーリ語テキストを盾に
口伝を持つ集団を
「仏教ではない」と否定した。
遺跡と地図
遺跡を持つ者
= テキスト(パーリ語原典)を管理した
= 法統は断絶した
生きた地図を持つ者
= 体得した者が逃げて
チベット・中国・日本へ運んだ
= テキストの管理は失った
逃げたという事実がそれを証明している。
もし体得した者が
組織に残れたなら
逃げる必要はなかった。
逃げたということは
組織の中に居場所がなかった
ということだ。
結論
「中論は仏教ではない」という主張の構造:
検証不能な基準
(お釈迦さまが直接言ったか)
↓
照合可能な問題を否定する
↓
1800年間、答えが出ない
検証可能な基準で確認すると:
「原典の論理と一致するか」
↓
一致する
↓
「仏教ではない」という根拠が消える
論争は最初から照合で解決できた。
解決しなかったのは、照合すると困る側が照合をしなかったからだ。
照合はすべてパーリ語原典(南伝大蔵経・PTS版)に基づく。検証対象は「原典の論理との一致」のみ。「お釈迦さまの意図」は検証対象としない。


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