Batch-V4-07:安定の因縁十行・受持──外行から初禅への橋

第四巻 行門品第八の一 Batch 07

前の物語 → Batch-V4-06「禅外行と安、一切入の増長」 次の物語 → Batch-V4-08「離欲の三種五種二種」


目次

目次

  1. 外行で停滞する者のために
  2. 二行という設計──因縁と受持
  3. 因縁の十行の全体像
  4. 第一行──処を明浄にする三要素
  5. 第二行──五根を起こす
  6. 第三行──相を暁了する中道
  7. 第四行──心の調(過多)の対治
  8. 第五行──懈怠(過少)の対治
  9. 第六・七行──味無きと歓喜
  10. 第八行──定と捨の成立
  11. 第九行──交際の選択
  12. 第十行──安定への楽著
  13. 受持による方便──心の連鎖
  14. 初禅の成就
  15. 座ることとの接続
  16. 原文書き下し

1. 外行で停滞する者のために

Batch 06 で外行と安の境界が明確になった。外行は禅に近い段階だが、禅そのものではない。安になって初めて、五禅支が成立し、動揺が消える。

しかし外行を得た者が、自動的に安に進むわけではない。

若し坐禅人、禅の外行を得るも、安定を得ること能わずんば、此の坐禅人、二行を以て応に安定の方便を起さしむべし。

もし坐禅人が禅の外行を得ても、安定を得られなければ──二行によって方便を起こさねばならない。

本バッチは、この「外行から安定に進めない者」のために書かれている。外行という船が岸に着かない。波に揺られ続ける。ここから岸に上がるための方便。

これは実践的に極めて重要なバッチである。多くの修行者は、ある段階まで進んだ後、そこで止まる。止まる原因と、止まりから抜ける方法が、ここで展開される。


2. 二行という設計──因縁と受持

一には因縁を以て、二には受持を以てす。

二行とは、因縁と受持。

因縁──外的な条件を整える系統。環境・身体・心の乱れへの対処。十行に展開される。

受持──内的な心の連鎖誘導の系統。欲楽から歓喜、歓喜から適楽、適楽から光明、光明から悲傷、と心の状態を連鎖的に発達させる。

この二系統は独立しているのではなく、組み合わせて使う。因縁で外的条件を整えた上で、受持で内的連鎖を誘導する。どちらか一方では不十分。

発見ログの発見1.11(処方の四原理)を思い出してほしい。対治・同類強化・断絶・師依存の四原理が、第三巻で示された。本バッチの因縁と受持は、その四原理の発展形である。対治と断絶は「外的条件の調整」、同類強化と師依存は「内的な方向の継続」という形で再編成される。


3. 因縁の十行の全体像

十行を以て因縁従り安定の方便を起す。 一には処をして明浄ならしむるを観ず。二には遍く諸根を起すを観ず。三には相を暁了す。四には心を制して調ならしむ。五には懈怠を折伏す。六には心に味著無し。七には心歓喜す。八には心定まりて捨を成ず。九には定を学ばざる人を離れ定を学ぶ人に親近す。十には安定に楽著す。

十行が列挙される。しかしこの十行は、独立した十技法ではない。一つのプロトコルである。

順序を見てほしい。

まず第一行で「処を明浄にする」──身体と環境を整える。

次に第二行で「五根を起こす」──心の基本機能を活性化する。

第三行で「相を暁了する」──相の把握の精度を上げる。

第四〜五行で「心の調と懈怠」──二極の乱れに対処する。

第六〜七行で「味無きと歓喜」──心の質を変える。

第八行で「定と捨」──集中の安定と手放しを同時に成立させる。

第九行で「交際の選択」──外的環境を再度選別する。

第十行で「安定への楽著」──心が定に楽しく貼りつく状態を作る。

身体・環境から始まり、心の基本機能、把握の精度、二極の対治、心の質の転換、定と捨の成立、環境の再選別、楽著の心性へと進む。

表層から深層へ、外から内へ、そしてまた外(交際)へ戻り、最終的に内的楽著に至る。単純な直線ではなく、螺旋的な進行。


4. 第一行──処を明浄にする三要素

問う、云何にしてか処をして明浄ならしむる観を作す。 答う、三種の行を以て分明処を作すを得。謂く能く調適の食を修する楽、時節を修する楽、威儀を修する楽なり。

処を明浄にする三要素。食・時節・威儀の楽。

食の楽。食を調える楽しみ。食べすぎず、食べなさすぎず。質も時間も適切に。第二巻の節量食(頭陀品)の実装。

時節の楽。時節を調える楽しみ。季節・天候・昼夜のリズムに合わせる。体調を崩さない環境の整備。

威儀の楽。威儀を調える楽しみ。行住坐臥の四威儀の適切さ。座るだけが修行ではない。歩き、立ち、座り、横になる──全ての姿勢で威儀を整える。

この三つが揃えば、「処が明浄」になる。処とは場所・環境だが、同時に身体の状態でもある。身体と環境が共に整って、明浄が成立する。

注目すべきは「楽」という語である。食を調える苦ではない。楽。時節を調える苦ではない。楽。威儀を調える苦ではない。楽。調えることそのものが楽しい、という心性。修行が苦行として始まると、長続きしない。調えることが楽しい、という感覚が必要。


5. 第二行──五根を起こす

遍く諸根を起すを観ずとは、謂く信等の五根をして消滅せしめず、懈怠を作すこと無からしむ。快馬の車に乗るが如し。

五根とは信・精進・念・定・慧。この五つを消滅させず、懈怠しないようにする。

比喩は「快馬の車」。速い馬が引く車に乗るようなもの。快適で、よく走る。

五根は心の基本機能である。信がなければ修行は始まらない。精進がなければ持続しない。念がなければ散る。定がなければ集まらない。慧がなければ見えない。この五つが揃って活性化していることが、安定への移行の条件。

第三巻で確立された五根論が、本バッチで実践的に動員される。


6. 第三行──相を暁了する中道

相を暁了すとは、善く意想を捉えて急ならず寛ならず。巧師の縄墨の平等にして偏無きが如し。善く作意を解して急を離れ離を離る。

相を暁了する──相を明瞭に把握する──ためには、意想をよく捉えて、急でなく寛でもない中道。

比喩は「巧師の縄墨」。巧みな大工が使う墨縄。まっすぐに引かれ、偏りがない。

Batch 04 で等観(目の開閉の中道)が扱われた。本バッチの「急ならず寛ならず」は、その等観の原理を相の把握全体に広げたものである。

急すぎれば緊張して相が変形する。寛すぎれば弛緩して相がぼやける。中道の作意が、正確な相の把握を可能にする。

中道は単一の技法ではなく、あらゆる段階で働く原理である。Batch 04 では目の開閉、本バッチでは相の把握、後には喜・楽・捨の間のバランス。中道原理が繰り返し現れる。


7. 第四行──心の調(過多)の対治

心を制して調ならしむとは、二種の行あり。

心の調(乱れ・興奮)は、二種の行で生じる。

一には多く精進を起す。二には心過度の処に心調を成ず。或いは婬処及び種々の相処に住し、乱意を増長して心調を成ず。

第一、精進を過度に起こすと、調になる。熱心すぎると乱れる。

第二、心が過度の処に住すると、調になる。特に婬処(欲を引き起こす場)や種々の相処(様々な対象の散らばる場)に接すると、乱意が増長して調になる。

対治も二行ある。

坐禅人において若し多く精進を起さば、過度の処に心調を成ず。二行を以て応に心を制伏すべし。精進をして起らしむるを以て、毎に中に調適す。

精進の過多には、精進を起こすことそのものを否定しない。ただ「毎に中に調適す」──常に中道に調える。精進を捨てるのではなく、中に調整する。

若し婬処及び種々の相に往き、調心を増長せば、二行を以て折伏す。衆苦及び悪果報を観覓するを以てす。

婬処や種々の相への接近には、衆苦と悪果報の観察で折伏する。欲の対象に接したとき、その結果としての苦を見る。悪い結果を見ることで、接近の勢いを止める。

Batch 03 の20比喩を思い出してほしい。欲の過患の観察。それが本バッチの「衆苦及び悪果報の観覓」の具体的方法になる。


8. 第五行──懈怠(過少)の対治

調の逆、懈怠。

懈心を制伏するとは、二行を以て懈怠心を成ず。勝定を得ざるを以て、心をして味無からしむる故に懈怠を成ず。若し多く懈怠すれば則ち睡眠を欲す。

懈怠の因は二つある。勝定を得ない。心に味著がない。この二つが懈怠を生む。懈怠が多くなると、睡眠を欲するようになる。

是の坐禅人若し勝定を得ずんば、心味著無きが故に懈怠を成ず。二行を以て当に折伏すべし。謂く功徳を観じて以て精進を起す。

対治は「功徳を観じて精進を起す」。勝定を得ていない現在の状態を打破するには、勝定の功徳(得られる結果の良さ)を観察し、そこから精進を起こす。Batch 03 の出離の功徳の観察と同型。

若し懈怠・睡眠・懶心あらば、四種の行を以て能く伏す。若し多食ならば懈怠想を取り、四威儀を行じ転じ、以て自ら作意す。光明の相において露処に住し、心をして歓喜せしめ復た著する所無からしむ。

さらに、懈怠・睡眠・懶心があるときの四種の対治。

第一、多食ならば懈怠想を取る。食が過剰で懈怠が起こるなら、懈怠の想(それは悪い、避けるべき)を心に取る。食の過剰を自覚する。

第二、四威儀を行じ転ずる。行・住・坐・臥の四威儀を切り替える。同じ姿勢で停滞しているなら、姿勢を変えて心に動きを与える。Batch 04 の陶家の輪に似る。

第三、光明の相において露処に住す。光明のある場(明るい場、または光明の想を立てる)、露処(遮蔽のない場所)に住する。暗さと閉塞が懈怠を生むから、光と開放で対治する。

第四、心を歓喜させ、著する所をなくす。歓喜を起こして、どこかに執着しないようにする。

調と懈怠──興奮と沈下──は対称的な乱れである。それぞれに対称的な対治がある。Batch 04 の離乱四種(速・遅・高・下)を思い出してほしい。本バッチの調と懈怠は、それの精緻化である。


9. 第六・七行──味無きと歓喜

三行を以て味無きを成じ方便少なきが故に、鈍慧なるが故に、寂寂の楽を得ざるが故に、是において坐禅人、心若し味無くんば、二種の行を以て歓喜を得せしむ。

味無き──心に味著がない状態──の因は三つ。方便が少ない、鈍慧、寂寂の楽を得ない。

そして歓喜を得る二行。

一には恐怖を以て、二には歓喜を以てす。

歓喜は、恐怖と歓喜の二系統から起こる。

若し生老死及び四悪趣を観じ、諸の畏るべきを見て心に愁悩を生ず。

恐怖の系統。生・老・死、四悪趣(地獄・餓鬼・畜生・阿修羅)を観じて、畏るべきを見る。愁悩が生じる。この愁悩が、修行の動機になる。

若し仏法僧・戒・施・天を念じ、六行の功徳を見て心に歓喜を生ず。

歓喜の系統。六念(仏・法・僧・戒・施・天)を念じて、その功徳を見る。歓喜が生じる。

ここで重要なのは、恐怖と歓喜が両方とも「歓喜を得る」ための方法として扱われていることである。恐怖は否定的感情だが、それが歓喜を引き出す。なぜか。生老死の恐怖を見たとき、そこから逃れる出離の道の価値が浮かび上がる。出離の価値を知ることが、歓喜の根拠になる。

六念──仏・法・僧・戒・施・天──は、38行処のうち六つの独立した業処でもある。第三巻 Batch 11 で信行人への処方として挙げられた。信行人でなくても、歓喜を得る方法として、六念は機能する。


10. 第八行──定と捨の成立

心定まりて捨を成ずとは、二行を以て禅の外地定を成ず。諸蓋を断ずるを以て心定を成ず。或いは所得の地において以て禅枝を起す故に心定を成ず。

禅の外地定(外行の地での定)は、二行で成立する。諸蓋を断つこと。所得の地で禅枝を起こすこと。

是の坐禅人、心定まるに二行あり。当に捨つべくして住を成ずるに非ず。中方便調適なるが故に。

心が定まるに二行がある。しかし「当に捨つべくして住を成ずるに非ず」──捨と住は単純な二者択一ではない。中方便調適が必要。

この但し書きは重要である。捨と住は一見対立する。捨てるなら住まないだろう、住むなら捨てないだろう。しかしウパティッサは言う。そうではない。中方便で調整して、捨と住の両方を成立させる。

これは中道の別の現れである。捨てつつ住む。住みつつ捨てる。二者択一ではなく、両立する中庸。


11. 第九行──交際の選択

定を学ばざる人を離るとは、或いは安定、或いは外行定、或いは威儀定、彼の人此れ無くして修せず学ばず、応に供養すべからず。修学の人とは、若し安定あり、外行定及び威儀定あらば、応に從りて修学すべし。亦た応に供養すべし。

定を学ばない人──安定も外行定も威儀定もなく、修せず学ばない人──は、供養すべきでない。つまり関係を深めるべきでない。

定を学ぶ人──安定、外行定、威儀定がある人──には、從って修学すべきであり、供養すべきである。

第二巻の覓善知識品(Batch 21〜25)の再登場である。覓善知識品は、師の探し方・見分け方・到着プロトコル・師弟セッション・偈封印を扱った。本バッチは、安定の達成段階において、再び交際の選択を要請する。

これは厳しい指示である。定を学ばない人との関係を切れと言う。しかし実践的には正しい。定を学ぶ環境にいなければ、定は育たない。定を学ばない環境は、それ自体が定の妨げになる。


12. 第十行──安定への楽著

安に楽著すとは、此の坐禅人、彼の深源の如く、彼の奔泉の如く、彼の低樹の如く、常に恭敬を楽しみ、多く修行する所なり。

安定への楽著。坐禅人は、深源のように、奔泉のように、低樹のように、常に恭敬を楽しみ、多く修行する。

三つの比喩が印象的である。

深源──深い泉。絶えず湧き続ける。

奔泉──勢いよく流れる泉。力がある。

低樹──低く広がる樹。謙虚で、しかし広がる。

絶えず湧く・力がある・謙虚で広がる。この三つの質が、安定への楽著の心性。

楽著という語に注目する。楽しんで著く(つく)。安定に楽しく貼りつく。執着ではないが、手放しでもない。中道的な貼りつき。

此の十事を行じ、因縁して安定を生ず。

十事を行ずれば、因縁して安定が生じる。


13. 受持による方便──心の連鎖

因縁の十行が終わった。次に受持の方便。

問う、云何にしてか受持を以て能く安定の方便を生ずる。

受持とは何か。ここでの受持は、単に「受け取る・保持する」ではない。心の状態を連鎖的に発達させる機能。

答う、彼の坐禅人、善く縁起を解して寂寂処に入る。その解する所の相、修する所の定において心に随いて自在なり。

縁起を解して寂寂処に入る。そこで相と定が自在になる。

そして連鎖が始まる。

その欲楽を生じ心をして起きるを得せしむ。此従り身意、堪任有用にして受持を得せしむ。

欲楽が生じる。心が起きる。身意が堪任(耐えられる)有用になる。そして受持を得る。

歓喜を生ずる従り心受持を得。

歓喜が生じる。心受持を得る。

適楽を生ずる従り身心受持を得。

適楽が生じる。身心受持を得る。

光明を生ずる従り心受持を得。

光明が生じる。心受持を得る。

悲傷を生ずる従り心受持を得。是の悲傷を以て心をして静かならしむ。

悲傷が生じる。この悲傷が心を静めさせる。

悲傷とは何か。悲しみ・傷み。ここで悲傷が出てくるのは意外に感じられる。しかしこれは、衆生の苦しみを見る悲傷である。仏教的な悲心の萌芽。この悲傷があることで、心は自己の楽だけに閉じこもらず、静かになる。

善く静心を取らば心受持を得。

善く静心を取ると、心受持を得る。

かくの如く善く取り、捨心をして受持を得せしむ。

善く取ることで、捨心が受持を得る。

無辺の煩悩従り心解脱して受持を成就す。

無辺の煩悩から心が解脱して、受持が成就する。

解脱を以ての故に、彼一法味を成ず。

解脱によって、一法味が成じる。

一味を以て心受持し修行す。是の故に此の勝妙心従り増長を得。

一味によって心受持して修行する。勝妙心から増長を得る。

欲楽→歓喜→適楽→光明→悲傷→静心→捨心→解脱→一法味。

この連鎖は、単なる心の状態の列挙ではない。各段階が次の段階を引き寄せる。欲楽があれば歓喜が生じる。歓喜があれば適楽が生じる。適楽があれば光明が生じる。そして悲傷、静心、捨心、解脱、一法味へと進む。

これは禅定の内的発達の精密な記述である。外から見れば、坐禅人はただ座っているだけ。しかし内では、欲楽から一法味までの連鎖が進行している。

かくの如く受持に住し、安定の方便を起す。かくの如く善く縁起及び心受持を解せば、久しからずして定を起す。

受持に住し、安定の方便を起こす。縁起と心受持をよく解すれば、久しからずして定が起こる。


14. 初禅の成就

彼の坐禅人、欲・不善法を離れ、有覚有観にして、寂静処において心の成就する所、有喜有楽にして初禅を得。是れ地一切入の功徳なり。

そして初禅が成立する。

構成要素を見よう。

  • 欲・不善法を離る
  • 有覚有観
  • 寂静処において心の成就する所
  • 有喜有楽
  • 初禅を得

これが初禅の構成である。離・覚観・寂静・喜楽・達成。

各要素は Batch 08〜10 で詳述される。本バッチでは、到達点として簡潔に示されるだけ。

「是れ地一切入の功徳なり」──これが地一切入の功徳である。Batch 01 で12功徳が列挙された。本バッチの初禅成就は、その12功徳のなかでも核心的な達成である。


15. 座ることとの接続

本バッチの内容は、座る人間にとって何を意味するか。

第一に、外行で停滞することは想定内である。ここで挫折しない。停滞には対処法がある。

第二に、十行を順に点検する。食は整っているか。時節に合っているか。威儀は良いか。五根は活きているか。相は急でも寛でもなく把握できているか。心は調(興奮)していないか。懈怠していないか。味著はあるか。歓喜はあるか。定と捨は両立しているか。交際は適切か。安定への楽著はあるか。十の軸で自己点検する。

第三に、調と懈怠を対称的に見る。興奮したら中に調える。沈下したら功徳を観じて精進を起こす。反対の対治。

第四に、歓喜は恐怖と歓喜の両極から起こる。生老死の畏れと、仏法僧戒施天の功徳。どちらも歓喜を引き出す。動機は一本ではない。

第五に、捨と住は両立する。中方便で調整する。捨てきらず、住みきらず、両方を成立させる。

第六に、受持の連鎖を知る。欲楽→歓喜→適楽→光明→悲傷→静心→捨心→解脱→一法味。自分の座りがこの連鎖のどこにいるかを確認する。次に何が来るかも知っておく。

第七に、悲傷の位置に注目する。自己の楽のなかで閉じると、悲傷は来ない。衆生の苦しみを見る目がなければ、悲傷は生じない。そして悲傷こそが心を静めさせる。自己中心的な瞑想の限界を、悲傷が破る。

第八に、「久しからずして定を起す」という言葉を信じる。縁起と心受持をよく解せば、定は遠くない。いつまで待てばよいかわからない修行ではない。条件が整えば結果が来る。

大安般守意経との接続

大安般守意経の MODULE 10(止観デュアルプロトコル)は、止と観のデュアル運用を扱う。本バッチの因縁と受持の二系統は、この止観のデュアル構造と対応する。因縁が止の側、受持が観の側。

MODULE 6(観・還・浄)は、観・還・浄の三段階。本バッチの受持の連鎖は、この三段階の内側に入って、その精密な展開を示す。

Kernel 4.x との接続

Kernel 4.x の Vol.5(喜楽管理と心行の沈静化)は、喜楽の管理を扱う。本バッチの歓喜・適楽・光明・悲傷・静心・捨心の連鎖は、まさにこの喜楽管理の精密なプロトコル。

Vol.1(障害検知と出離プロトコル)は、障害検知と出離。本バッチの調・懈怠・味無きの対治は、この障害検知プロトコルの具体的内容。


詳細な仕様は → SPEC-GYOMON-07.md を参照


16. 原文書き下し

若し坐禅人、禅の外行を得るも、安定を得ること能わずんば、此の坐禅人、二行を以て応に安定の方便を起さしむべし。一には因縁を以て、二には受持を以てす。十行を以て因縁従り安定の方便を起す。 一には処をして明浄ならしむるを観ず。二には遍く諸根を起すを観ず。三には相を暁了す。四には心を制して調ならしむ。五には懈怠を折伏す。六には心に味著無し。七には心歓喜す。八には心定まりて捨を成ず。九には定を学ばざる人を離れ定を学ぶ人に親近す。十には安定に楽著す。

問う、云何にしてか処をして明浄ならしむる観を作す。 答う、三種の行を以て分明処を作すを得。謂く能く調適の食を修する楽、時節を修する楽、威儀を修する楽なり。 遍く諸根を起すを観ずとは、謂く信等の五根をして消滅せしめず、懈怠を作すこと無からしむ。快馬の車に乗るが如し。 相を暁了すとは、善く意想を捉えて急ならず寛ならず。巧師の縄墨の平等にして偏無きが如し。善く作意を解して急を離れ離を離る。 心を制して調ならしむとは、二種の行あり。二種の行を以て心調を成ず。一には多く精進を起す。二には心過度の処に心調を成ず。或いは婬処及び種々の相処に住し、乱意を増長して心調を成ず。坐禅人において若し多く精進を起さば、過度の処に心調を成ず。二行を以て応に心を制伏すべし。精進をして起らしむるを以て、毎に中に調適す。若し婬処及び種々の相に往き、調心を増長せば、二行を以て折伏す。衆苦及び悪果報を観覓するを以てす。 懈心を制伏するとは、二行を以て懈怠心を成ず。勝定を得ざるを以て、心をして味無からしむる故に懈怠を成ず。若し多く懈怠すれば則ち睡眠を欲す。是の坐禅人若し勝定を得ずんば、心味著無きが故に懈怠を成ず。二行を以て当に折伏すべし。謂く功徳を観じて以て精進を起す。若し懈怠・睡眠・懶心あらば、四種の行を以て能く伏す。若し多食ならば懈怠想を取り、四威儀を行じ転じ、以て自ら作意す。光明の相において露処に住し、心をして歓喜せしめ復た著する所無からしむ。 三行を以て味無きを成じ方便少なきが故に、鈍慧なるが故に、寂寂の楽を得ざるが故に、是において坐禅人、心若し味無くんば、二種の行を以て歓喜を得せしむ。一には恐怖を以て、二には歓喜を以てす。若し生老死及び四悪趣を観じ、諸の畏るべきを見て心に愁悩を生ず。若し仏法僧・戒・施・天を念じ、六行の功徳を見て心に歓喜を生ず。 心定まりて捨を成ずとは、二行を以て禅の外地定を成ず。諸蓋を断ずるを以て心定を成ず。或いは所得の地において以て禅枝を起す故に心定を成ず。是の坐禅人、心定まるに二行あり。当に捨つべくして住を成ずるに非ず。中方便調適なるが故に。 定を学ばざる人を離るとは、或いは安定、或いは外行定、或いは威儀定、彼の人此れ無くして修せず学ばず、応に供養すべからず。修学の人とは、若し安定あり、外行定及び威儀定あらば、応に從りて修学すべし。亦た応に供養すべし。 安に楽著すとは、此の坐禅人、彼の深源の如く、彼の奔泉の如く、彼の低樹の如く、常に恭敬を楽しみ、多く修行する所なり。此の十事を行じ、因縁して安定を生ず。

問う、云何にしてか受持を以て能く安定の方便を生ずる。 答う、彼の坐禅人、善く縁起を解して寂寂処に入る。その解する所の相、修する所の定において心に随いて自在なり。その欲楽を生じ心をして起きるを得せしむ。此従り身意、堪任有用にして受持を得せしむ。歓喜を生ずる従り心受持を得。適楽を生ずる従り身心受持を得。光明を生ずる従り心受持を得。悲傷を生ずる従り心受持を得。是の悲傷を以て心をして静かならしむ。善く静心を取らば心受持を得。かくの如く善く取り、捨心をして受持を得せしむ。無辺の煩悩従り心解脱して受持を成就す。解脱を以ての故に、彼一法味を成ず。一味を以て心受持し修行す。是の故に此の勝妙心従り増長を得。かくの如く受持に住し、安定の方便を起す。かくの如く善く縁起及び心受持を解せば、久しからずして定を起す。 彼の坐禅人、欲・不善法を離れ、有覚有観にして、寂静処において心の成就する所、有喜有楽にして初禅を得。是れ地一切入の功徳なり。


リンク

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次