目次
今回の位置/語注/書き下し/現代語の要約/ポイント 法応に爾るべし/つまずきやすい所/次回
今回の位置
⑥は、珍寶の聚から入り、悪魔は伺求すれども得ず、仏神力と護念、誦して通利す、で切った。仏眼の所見と流布には入っていない。
⑦は、その次の舎利弗の口から入る。仏眼の所見。南方より西方へ、西方より北方へ流布す。舎利弗が後の五百歳を問い、幾所の菩薩かを問う。少なきを認める。仏が其の心を観て隨喜を生ず。舎利弗が三世の智を讃え、求めて得る者と求めずして得る者を置く。精進して懈らざるが故に、求めずして得。余の深経も、また求めずして得。法応に爾るべし。
巻第四の結びである。魔事品第十一には入らない。流布を地図の商品にしない。後の五百歳を予言の商品にしない。少を絶望にしない。求めずして得を、何もしないで手に入る、と読まない。福は認め、出所へ戻す。経を売る文にしない。定義の注釈からは入らない。罰で終わらない。
読む範囲は、「當知是人佛眼所見」から、巻第四の末、「是人轉身、應諸波羅蜜深經、亦不求而得」まで。
語注
仏眼(ぶつげん) — 仏眼の所見。見られ、知られ、念ぜられる。監視の語にしません。
流布(るふ) — 南から西へ、西から北へ。後の五百歳、北方に広く流布す。地図を持って先を取る語にしません。
後五百歳(ごごひゃくさい) — 後の五百歳の時。北方に広く流布するか、と問われます。
少(しょう) — 読む聴く受ける菩薩は多しと雖も、誦し利し修習し行ずる者は少なし。少なきを認めます。
不驚不怖(ふきょうふふ) — ④の語。得聞してまた驚かず怖じず。曾て仏を見、諮請問難せり、と続きます。
心清浄(しんしょうじょう) — 心清浄を得。③⑥と同じ字です。①②の浄・浄故とは分けたまま置きます。深い心の所有にしません。
一心和同(いっしんわどう) — 心を一にして和し同ず。身を転じてまた楽説する側に置かれます。
示教利喜(じきょうりき) — ②で出た語。ここでは、衆生を示教利喜して菩提に住せしむ、と置かれます。衆生を捨てません。
轉身(てんしん) — 身を転ず。楽説し、深経も求めずして得、と続きます。生まれ変わりの商品にしません。
隨喜(ずいき) — 仏、其の心を観じて則ち隨喜を生ず。②の隨喜に触れます。定義は足しません。
不求而得(ふぐうじとく) — 求めずして得。精進して懈らざるが故、とも置かれます。怠りの許可ではありません。
法応爾(ほうおうに) — 法、応に爾るべし。余の応に諸波羅蜜なる深経も、また求めずして得。
書き下し
「世尊、善男子善女人、能く般若波羅蜜を受持読誦せば、当に知るべし、是の人は仏眼の所見なり」と。
「舎利弗、若し善男子善女人、能く般若波羅蜜を受持読誦し、乃至書写せば、当に知るべし、是の人は仏眼の所見なり。舎利弗、若し仏道を求むる善男子善女人、般若波羅蜜を受持読誦せば、則ち阿耨多羅三藐三菩提に近し。乃至自ら書し、若しは人をして書せしめ、書き已りて受持読誦せば、是の因縁を以て、其の福甚だ多し。舎利弗、如来滅後、般若波羅蜜当に南方に流布し、南方従り西方に流布し、西方従り北方に流布すべし。舎利弗、我が法の盛んなる時、滅の相有ること無し。北方に若し乃至書写し受持し供養する般若波羅蜜の者有らば、是の人もまた仏眼の所見・所知・所念為り」と。
舎利弗、仏に白して言わく、「世尊、後の五百歳の時、般若波羅蜜当に北方に広く流布せんや」と。
「舎利弗、後の五百歳、当に北方に広く流布すべし。其の中の善男子善女人、般若波羅蜜を聞き、受持読誦し修習せば、当に知るべし、久しく阿耨多羅三藐三菩提心を発せり」と。
「世尊、北方当に幾所の菩薩か有りて、能く般若波羅蜜を受持読誦し修習せん」と。
「舎利弗、北方、多く菩薩有りて能く般若波羅蜜を読み聴き受くと雖も、能く誦し利し修習し行ずる者は少なし。是の人、聞くことを得てまた驚かず怖じず。是の人、曾て已に仏を見、諮請問難せり。当に知るべし、是の人は能く菩薩道を具足して行ずと為す。阿耨多羅三藐三菩提の為の故に、能く無量の衆生を利益す。何を以ての故に。舎利弗、我れ是の善男子善女人の為に、応に薩婆若なる法を説く。是の人、身を転じて、また復た阿耨多羅三藐三菩提を楽説し、一心和同し、乃至魔王も其の阿耨多羅三藐三菩提心を壊ること能わず。是の人、般若波羅蜜を聞きて、心大いに歓喜し、心清浄を得、多くの衆生をして阿耨多羅三藐三菩提の善根を種えしむ。是の善男子善女人、我が前に於て是の言を作さく、我等、菩薩道を行じて、当に常に法を以て無量百千万の衆生を示教利喜し、阿耨多羅三藐三菩提に住せしむべし、と。舎利弗、我れ其の心を観じて、則ち隨喜を生ず。是の人、菩薩道を行じて、当に法を以て無量百千万の衆生を示教利喜し、阿耨多羅三藐三菩提に住せしむべし。是の如き善男子善女人、心に大乗を楽しみ、他方の現在の仏前説法の処に生ぜんと願ず。彼に於て続いで復た広く般若波羅蜜を説くを聞く。彼の仏土に於ても、また復た法を以て無量百千万の衆生を示教利喜し、阿耨多羅三藐三菩提に住せしむ」と。
舎利弗、仏に白して言わく、「希有なるかな世尊、如来は過去未来現在の諸法に於て、知らざる法無く、識らざる法無し。如来は未来世に於て、諸菩薩の多欲多精進して般若波羅蜜を勤求するも、是の善男子善女人、求めて得る者有り、求めずして得る者有ることを、如来悉く知る」と。
「舎利弗、多く善男子善女人有りて、精進して懈らざるが故に、般若波羅蜜、求めずして得」と。
「世尊、是の善男子善女人、余経の応に六波羅蜜なる者も、また求めずして得るや」と。
「舎利弗、若し余の応に諸波羅蜜なる深経有らば、是の善男子善女人、また求めずして得。何を以ての故に。舎利弗、法、応に爾るべし。若し菩薩有りて、諸衆生の為に阿耨多羅三藐三菩提を示教利喜し、また自ら其の中に於て学ばば、是の人、身を転じて、応に諸波羅蜜なる深経、また求めずして得」と。
現代語の要約
舎利弗が言います。受持読誦する人は、仏眼の所見である。
仏が返します。受持読誦し、乃至書写する人は、仏眼の所見である。仏道を求めて受持読誦すれば、無上の菩提に近い。自ら書し、人をして書せしめ、書き已りて受持読誦すれば、福は甚だ多い。如来滅後、南から西へ、西から北へ流布する。法の盛んなる時、滅の相は無い。北方で書写し受持し供養する者も、仏眼の所見・所知・所念である。
舎利弗が問います。後の五百歳、北方に広く流布するか。
広く流布する。聞き、受持読誦し修習する者は、久しく菩提心を発している。
舎利弗が重ねて問います。北方に幾人か。
読む聴く受ける菩薩は多い。誦し利し修習し行ずる者は少ない。その人は、聞いても驚かず怖じない。曾て仏を見、問難している。菩薩道を具足して行じ、無量の衆生を利益する。応に薩婆若なる法を説かれた人である。身を転じてまた楽説し、一心和同する。魔王も其の心を壊せない。聞いて歓喜し、心清浄を得、多くの衆生に善根を種えしむ。我が前で、衆生を示教利喜して住せしめん、と言う。仏はその心を観て隨喜を生ずる。大乗を楽しみ、他方の仏前に生まれ、そこでまた広く聞き、また衆生を住せしむ。
舎利弗が讃えます。如来は三世に知らざる法が無い。未来に勤求する者のうち、求めて得る者も、求めずして得る者も、悉く知る。
仏が返します。多くは、精進して懈らざるが故に、求めずして得る。
舎利弗が問います。余経の六波羅蜜なるものも、求めずして得るのか。
余の応に諸波羅蜜なる深経も、また求めずして得る。法、応に爾るべし。衆生を示教利喜し、自ら其の中に学ぶ者は、身を転じて、深経もまた求めずして得る。
ポイント 法応に爾るべし
⑦で一番取り違えやすいのは、求めずして得を、何もしないで手が届く、と読むことです。
経は、精進して懈らざるが故に、とも置きます。衆生を示教利喜し、自ら其の中に学ぶ、とも置きます。得ない、ではない。求めて持つ器にしない。法、応に爾るべし、です。
仏眼の所見も、見られている功徳ではありません。書写し受持し供養する者を、所見・所知・所念と知れ、です。監視にしない。
流布の道筋も、先を取る地図ではありません。南から西、西から北。後の五百歳、北方に広く流布す。④の已に曾て、⑤の本相の側です。久しく菩提心を発せり。
少なきを認めます。多く読み聴き受ける。少なく誦し利し修習し行ずる。少を絶望にしない。不驚不怖は、④の本相です。曾て仏を見、諮請問難せり。
衆生を捨てない。示教利喜して住せしむ。仏は其の心を観て隨喜を生ずる。②の迴向と隨喜に触れる。定義は足さない。棚に上げない。
魔王も其の心を壊せない、は、⑥の伺求すれども得ず、の側です。魔事品の入口にはしない。罰で終わらない。
福は甚だ多い。認める。山にしない。出所へ戻す。
巻第四は、ここで閉じる。
つまずきやすい所
「佛眼所見」を、見られている印、と持たない。
所見・所知・所念と知れ、です。
「流布南方西方北方」を、伝来の予定表、と売らない。
道筋です。地図の商品にしない。
「後五百歳」を、予言の区切り、と持たない。
広く流布す、久しく発せり、です。
「少能誦利修習行者」を、もう居ない、と読まない。
少なきを認める、です。多きを消さない。
「魔王不能壞」を、魔の話の始まり、と読まない。
心を壊せない、です。巻第五の魔事品には入らない。
「不求而得」を、求めなくてよい、と読まない。
精進して懈らず、衆生を示教利喜し、自ら学ぶ者について、法応に爾るべし、です。行を消さない。自分を消さない。衆生の苦を捨てない。
「其福甚多」を、福の値段、としない。
因縁を以て福甚だ多し。認める。戻す。
「心清浄」を、①の浄より深い所有にしない。
③⑥と同じ字です。無我に開かない。非我の定義も足さない。「中道にして」の語は、この範囲にありません。定義は動かしません。
巻第四を閉じる
是の浄甚深なり。知る者無し、作者不可得。無転無還。已に曾て諸仏を供養せり。無處所行にして行ず。悪魔は断絶を得ず。求めずして得、法応に爾るべし。
巻第三は、渡す福を山に戻さず、向ける心を物にせず、拒逆の口を見たあと、照明と母で閉じました。
巻第四は、浄を讃えて浄故と返され、著を見、転も還も置かず、聞ける者を已に曾ての側へ戻し、行の住所を立てず、伺求されても断絶されず、求めずして得る、で閉じます。
新しい所有は、一つも立っていません。
次回
巻第五に入ります。魔事品第十一から。品の名と範囲は、巻第五の目次で先に示します。巻第四の通路は、ここで一度閉じます。
タグ:小品般若経/小品般若波羅蜜経/巻第四/不可思議品/仏眼/流布/不求而得/法応爾/経典解説
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