巻第二は、持った経を渡して説く、で閉じました。巻第三は、その「渡す」が福の計算に戻らないかを見ます。
佐助品は、十善を教え込む福より、経巻を与えて書写読誦せしめる福が多い、と較べます。迴向品は、随喜の福を薩婆若へ向ける。向ける心そのものが尽滅する、と見る。泥犁品は、相似の般若を取り、深般若を謗れば地獄に展転する、と戒め、そのうえで般若は照明であり諸菩薩の母である、と閉じます。
較べるのは巻第二と同じ手です。量を積んで出所へ戻す。新しい所有を立てない。廻向を「勝れた福の操作」にしない。地獄を脅して売らない。
目次案
① 小品般若経 巻第三① 経巻を与えて書写せしめよ 無料
佐助品第六の冒頭。閻浮提の十善より、経巻を与える福が多い。
② 小品般若経 巻第三② 相似の般若に違錯す 有料
誰に義を説くか。未来に似て非なる般若が出る。
③ 小品般若経 巻第三③ 聖弟子は菩薩を佐助す 無料
須菩提が帝釈を讃える。発心の仏を六波羅蜜で安慰したから、佐助の品が閉じる。
④ 小品般若経 巻第三④ 随喜の福は最大なり 無料
迴向品第七の入口。弥勒が須菩提に、随喜の福は最大最勝と言う。
⑤ 小品般若経 巻第三⑤ 廻向の心は即ち尽滅す 有料
新発意の前では説くな。二心は倶ならず。正廻向と雑毒。
⑥ 小品般若経 巻第三⑥ 破法は泥犁に展転す 有料
泥犁品第八。深般若を拒逆すれば、地獄から地獄へ移る。
⑦ 小品般若経 巻第三⑦ 般若は照明であり、菩薩の母である 無料
舎利弗の讃。盲に眼を与え、邪行を正道に入らしむ。色浄・識浄、無二無別。巻第三の結び。
巻第三の向き
巻第二⑦は、写して与え、人のために説け、でした。佐助品はその直後です。与える福を、十善・四禅・神通の教化と較べてなお多い、と言う。渡したが、福の山に戻る危険がある。だから迴向品が続きます。随喜しても、廻向する心を有る物として持てば、雑毒になる。泥犁品は、似た言葉で深般若を外す者の落ち先です。相似を取るな、拒逆するな。閉じは母と照明です。罰で終わらない。
「中道」が途中の意味で出る箇所があれば、巻第一と同じく開きます。八正道の中道に読み替えない。
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