小品般若経 巻第二④ 般若は大明呪である

帝釈が般若を誦すれば、阿修羅の悪心も外道の求短も魔の四兵も退く。大明呪・無上呪・無等等呪は、別の真言を足すことではない。三世の仏がこれにより菩提を得た、その切れ方である

目次

  • 今回の位置
  • 書き下し
  • 現代語の要約
  • ポイント 呪は、足した言葉ではない
  • つまずきやすい所
  • 次回

今回の位置

①は不離の行、②は受持の現世功徳、③は経巻と舎利・七宝塔の比較でした。塔品はそこで閉じませんが、品が変わります。

今回から明呪品第四です。帝釈に誦念を命じ、阿修羅・外道・魔が退く。呪の名が正面から付くのは、ここです。塔品ですでに「大呪術・無上呪術」と出ていました。この品は、その名を印します。

読む範囲は、明呪品の冒頭から、悪魔が四兵を化して来て、誦念とともに復道して去るまで。五波羅蜜の大地喩は⑤です。

書き下し

摩訶般若波羅蜜 明呪品(みょうじゅほん)第四

その時、釈提桓因(しゃくだいかんいん)と四万の天子の会中に在る者、釈提桓因に語って言わく、「憍尸迦(きょうしか)、応に般若波羅蜜を受持読誦すべし」と。

仏、釈提桓因に告ぐ。「憍尸迦、汝、般若波羅蜜を受持読誦せよ。若し阿修羅(あしゅら)、念を生じて『忉利(とうり)の諸天と共に闘わんと欲す』とあらば、その時汝当に般若波羅蜜を誦念すべし。是の因縁を以ての故に、阿修羅の悪心、すなわち滅す」と。

釈提桓因、仏に白(もう)して言わく、「世尊、般若波羅蜜は是れ大明呪(だいみょうじゅ)なり。般若波羅蜜は是れ無上呪なり。般若波羅蜜は是れ無等等呪(むとうどうじゅ)なり」と。

仏言わく、「是の如し、是の如し。憍尸迦、般若波羅蜜は是れ大明呪なり。般若波羅蜜は是れ無上呪なり。般若波羅蜜は是れ無等等呪なり。何を以ての故に。

憍尸迦、過去の諸仏、是の明呪に因りて阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)を得たまえり。未来の諸仏もまた是の呪に因りて、当に阿耨多羅三藐三菩提を得べし。今、十方現在の諸仏もまた是の呪に因りて、阿耨多羅三藐三菩提を得たまえり。

「憍尸迦、是の明呪に因りて、十善道、世に出現す。四禅・四無量心・四無色定・五神通、世に出現す。菩薩の故に、十善道、世に出現す。四禅・四無量心・四無色定・五神通、世に出現す。若し諸仏、世に出でずとも、ただ菩薩の故に、十善道・四禅・四無量心・四無色定・五神通、世に出現す。譬えば月の出でざる時、星宿の光明、世間を照らすが如し。是の如く憍尸迦、世に仏無き時、所有の善行・正行は、皆菩薩より出生す。菩薩の方便力は、皆般若波羅蜜より生ず」と。

「また次に憍尸迦、若し善男子・善女人、般若波羅蜜の経巻を供養し、恭敬尊重讃歎せば、是の現世の福徳を得」と。釈提桓因、仏に白して言わく、「世尊、何等の現世の福徳をか得る」と。「憍尸迦、是の善男子・善女人、毒も傷くる能わず、火も焼く能わず、終に横死せず。また善男子・善女人、若し官事起これば、般若波羅蜜を誦念すれば、官事すなわち滅し、諸の短を求むる者、皆便を得ず。何を以ての故に。般若波羅蜜の護る所なるが故に。

「また次に憍尸迦、善男子・善女人、般若波羅蜜を誦念すれば、若し国王に至り、若し王子・大臣の所に至れば、皆歓喜して問訊し、与に共に語言す。何を以ての故に。憍尸迦、般若波羅蜜は一切衆生を慈悲するが故に出づ。是の故に憍尸迦、諸の短を求むる者、皆便を得ず」と。

その時、外道出家百人、仏の短を求めんと欲して、仏の所に来たる。釈提桓因、是の念をなす。「是の諸の外道出家百人、仏の短を求めんと欲して仏の所に来たる。我、仏より受けし所の般若波羅蜜を、今当に誦念すべし。是の諸の外道、仏の所に来たらば、或は能く般若波羅蜜を説くを断たん」と。是の如く思惟し已(おわ)りて、すなわち仏より受けし所の般若波羅蜜を誦念す。

時に諸の外道、遥かに仏を遶(めぐ)りて、復道して去る。舎利弗(しゃりほつ)、是の念をなす。「何の因縁の故に、是の諸の外道、仏を遶りて去るや」と。仏、舎利弗の心に念う所を知りて、舎利弗に告ぐ。「是れ釈提桓因、般若波羅蜜を誦念すればなり。是の如き外道は、乃ち一人も善心有る者無し。皆悪意を持して来たりて仏の短を求む。是の故に外道、各各復道して去る」と。

その時、悪魔、是の念をなす。「今是の四衆、及び欲界・色界の諸天子、仏前に在りて坐す。其の中に必ず菩薩の阿耨多羅三藐三菩提の記を受くる者有らん。我当に壊乱すべし」と。すなわち四種の兵を化作して、仏の所に向かう。その時、釈提桓因、是の念をなす。「魔、四兵を厳(よそお)いて仏の所に来たる。四種の兵の相は、摩伽陀国(まかだこく)の頻婆娑羅王(びんばさらおう)にも有る所無く、憍薩羅国(きょうさらこく)の波斯匿王(はしのくおう)にもまた有る所無く、諸の釈子にも有る所無く、諸の離車(りしゃ)にも有る所無し。

今是の兵の相は、必ず悪魔の所作なり。是の魔は長夜に仏の短を求め、衆生を悩乱す。我当に般若波羅蜜を誦念すべし」と。釈提桓因、すなわち黙して般若波羅蜜を誦す。其の誦する所に随いて、悪魔、稍稍(やややや)復道して去る。

現代語の要約

会中の天子が帝釈に、般若を受持読誦せよ、と言います。仏は帝釈に命じます。阿修羅が忉利天と闘おうとしたら、般若を誦念せよ。悪心は滅する、と。

帝釈は言います。般若は大明呪、無上呪、無等等呪である、と。仏はそれを印します。三世十方の仏は、この明呪によって無上菩提を得た。十善も四禅も五神通も、この明呪から世に出る。仏が出ない世でも、菩薩がいれば善行は残る。菩薩の方便は、般若から生ずる。月のない夜の星のようだ、と。

経巻を供養すれば、毒も火も横死も官事も、短を求める者も便を得ない。国王の前でも言葉が通じる。慈悲のために出た法だからだ、と。

外道百人が仏の短を取りに来る。帝釈が受けた般若を誦すると、遠巻きにして道を戻る。一人も善心がない、と仏は舎利弗に言います。

魔は授記の菩薩を壊そうとして四兵を化す。どの王の軍にもない相です。帝釈が黙誦すると、魔もまた、誦に随って退きます。

ポイント 呪は、足した言葉ではない

この品でいちばん取り違えやすいのは、般若のあとに別の真言を足す、と読むことです。

帝釈が誦しているのは、受けた般若そのものです。新しい章句を唱えて阿修羅を退けてはいない。外道も魔も、同じ誦の前で道を戻る。呪の力は、足した音ではない。得ない智慧を、離れずに口に置くことです。

三世の仏が「この明呪によって」菩提を得る、も同じです。特別な密言の所有者になったから仏になる、ではない。この切れ方を失わなかった、です。巻第一④で、分別しない者にすでに記がある、と見た線です。記も呪も、成績の品物ではありません。

月と星の喩えが、その位置を示します。仏が世に出なくても、菩薩がいれば善行は残る。菩薩の方便は般若から生ずる。呪は、闇を消す別光源ではない。仏のいない夜でも、行が残る根拠です。

つまずきやすい所

「大明呪」は心経と同じ語列です。 大明呪・無上呪・無等等呪。心経は大品系の要約に近く、小品のこの品を抄したものではありません。語が重なっても、系統は別です。ここは帝釈の印可であって、心経の注ではありません。

「呪術」と「明呪」。 塔品では大呪術・無上呪術。この品では大明呪。術は働き、明は照らしです。どちらも、悪を呪殺する章句の意味ではない。学んでも自他の悪を念じない、と塔品は先に書いてあります。退くのは相手を呪うことではなく、短を取る場所が残らないことです。

外道は「遶って去る」。 打ち倒されてはいない。遠巻きにして道を戻る。魔も稍稍復道す。壊す力の見せ場ではない。壊乱の足場が、誦の前で立たない。

**「一人も善心なし」**は、外道を人間として捨てる文ではありません。この場に来た意図が、みな仏の短を取る悪意だった、ということです。善心があれば、残って聞く側に回ります。

官事・毒火・王臣は、護符の効能表にしない。 ②と同じ現世功徳です。買う福ではない。般若に護られる、の中身は、短を取る者に便を与えないことです。巻を新しい護符にすると、また法体です。

次回

次回は、なぜ五波羅蜜の名を讃えないのか、という阿難の問いです。 布施も戒も、薩婆若に廻向しなければ波羅蜜にならない。種は大地に依らなければ生えない。諸天が法を聴くために集う段まで進みます。巻第二⑤は有料で出します。

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